【AS07】ケープタウンの災厄

担当マスター:楽市
開始14/12/07 22:00 タイプ全イベ オプションお任せオプション
状況 SLvC 参加/募集142/― 人
料金600 Rex Rex 分類事件
舞台国南アフリカ 難易度難しい

◆周辺地図
   

オープニング
●そのとき電話は鳴った
 マリア・アンジェリーニ(sz0003)は、もう2日も部屋に閉じこもっていた。
 双子の妹であるアリア・アンジェリーニ(sz0004)が悪魔の王のしもべとなったという報告を受けた、その日からのことだった。
「分からないよ、アリア‥‥」
 灰色の平原での白い竜との戦いののちに、姿を消した妹。
 再び現れたとき、彼女はすでに、神の使徒たるその身を、闇に堕としていた。
 マグダラのアリアとして。
 考えても、その理由は分からない。あれほど神の教えを信じ、守り続けてきたアリアが、どうして、と‥‥。
 そんな風に答えの出ない思考の無明に埋没していたからか、自分の特殊通信機が鳴っていることに気づかなかった。
「あ‥‥」
 気づいて、放っておこうと思った。
 今は電話に出れるような気分ではないから。
 けれど通信機が目に入った瞬間に、まるで天啓のように直感が働き、彼女はそれを手に取った。
 画面に表示されている電話番号は見知らぬ番号。しかし意を決して、出て見る。
「‥‥もしもし」
 呼びかけて見ると、数秒、沈黙が返ってくる。マリアは緊張に身を縮こまらせながら、さらに数秒、応答を待った。
『もしもし』
 アリアの声だった。
「アリア‥‥? アリアなの‥‥!」
『‥‥‥‥』
「今どこにいるの? 元気なの? ねぇ、大丈夫なの!?」
 一度口を開くと、次から次へ、言葉はのどから放たれていった。それだけ、心配していたともいう。
 だが電波が伝える向こう側からの返事はやはりなく、やがてマリアの声も、勢いを失って、
「アリア‥‥、ねぇ、どうして‥‥」
 涙声になっていた。
『‥‥南アフリカ、ケープタウンへ。‥‥早く』
「アリア‥‥?」
『‥‥マリア、元気で――』
 電話は、その言葉を最後にプツリと切れた。
「アリア、アリア!」
 マリアが幾度呼びかけようとも、無機質な電子音が流れるばかりで、もう、そこに人の気配は、なかった。
「‥‥ケープタウン?」

●世界都市を包む霧
 ケープタウンは南アフリカ共和国が誇る世界都市であり、南極地域ケルゲレン諸島を目指すフランスの戦艦が寄港地として予定している場所である。
 だが人口密度の高いこの都市も、太平洋の核爆発以来、黒い霧が発生するようになりつつあった。
「な、なんだ、これ‥‥!」
 いつからかのタイミングより、街中に漂い始めた黒い霧は、ニュースでは表向き上、世界的な大気汚染による一時的な現象であると伝えられている。
 特に都市部で発生しやすいとされているこれが出る日はあまり外には出ないよう、各国の国民達は報道機関などを通じて伝達されているのだが、その日、いきなり、ケープタウンを包む霧は濃度を増した。
 黒い霧。可視化したキニスは人の負の感情を糧として、その黒さを濃くしていく。そして、今、ケープタウンを包む霧は、もはや夜と等しいほどの濃度となっていた。
「う、ェ‥‥」
 霧の中にある人々は、訴えることもできないまま、キニスにその身を冒されていった。
 倒れる者、叫ぶ者、そして人ではなくなっていく者。数多の住人達が、その霧の中で狂おうとしていた。
「悲しい光景ですね‥‥」
「しかし、これもまた我らが大願のため、致し方なきこと」
 一組の男女が、霧の中を闊歩していた。
 女性の方は長い黒髪と白いドレスの長身の女性。
 だがその顔の半分は仮面に覆われ、左半身は鎧に覆われている。
 魔王アスタロト。
 その一歩後ろを歩いているのは黒い軍服姿の壮年の男性、幹部魔将のネビロスであった。
「ク、クク‥‥! し、死ねばいいん、だ! ど、どいつも、こ、こ、こいつも、死んじまえば、いい、暴れて、死ね、シネ!」
「‥‥‥‥ム」
 アスタロト達の少し後を、巨大な人影がノシリと歩いている。
 その肩に載っているのは一揃えの人骨を抱えている、痩せ細った異相の少女。魔王レヴィアタン。
 魔王を肩に載せている巨漢は、幹部魔将のベヒモスである。
「予定通りに到着していたようですね。何よりです」
 黒い霧の中、アスタロトはそこに立っている少女の姿を認めて、微笑みかける。
 アリアがそこにいた。
「‥‥‥‥ム」
「オ、オイ‥‥、ここ、か! ここでいいの、か? オイ!」
 ベヒモスから飛び降りたレヴィアタンが、アリアに向かって指を突きつける。
 何も言わないネビロスの視線を受け止めながら、アリアは小さくうなずいた。
「ええ、ここです。もうすぐ――」
 彼女が、そう呟いた直後だった。
 霧が特に濃いケープタウン中心部。そのさらに一点の景色が歪み、空間が、ギシリと軋んだ。
 生じた空間の歪みは巨大で、そこから赤い何かが現れる。
「赤き災厄‥‥」
「オ、オオ、オオ!」
 それは赤い竜だった。
 かつてSINN達が灰色の平原で戦った白き竜と変わらぬ造形をした、巨大な、赤き竜であった。
 終末を告げる4つの災厄。そのうちの1つが、人々の負の心の高まりによって形を成した姿である。
「ぜ、前哨戦だ‥‥! 暴れ、ろ! 壊れろ! わ、私が、ほ、ほ、本当の私が目覚める、そ、そのときを、祝え!」
「‥‥‥‥ム」
 高らかに吼えるレヴィアタンを見て、アスタロトはかぶりを振る。
「人の世に混沌を、そして願わくば、堕ち逝く魂にとわの安寧を」
「――始めようか、大いなるバビロンよ」
「ええ、そうですね‥‥」
 ネビロスに促されて、バビロンと呼ばれたアリアが右腕を掲げる。
 赤き竜はいなないて、一歩、その太い足を進ませた。
「止めてみなさい‥‥。SINN‥‥」

●暴動都市
「ケープタウンで、大規模な暴動が発生している‥‥!?」
 作戦室で、聖戦機関の職員からその報告を受けて、マリアは衝撃を受けた。
 アリアからの電話を受けた、一時間後のことだ。
「現地のSINNからの連絡ではケープタウンに巨大なディアボルスがおり、それが現れてから、急にその周辺で幾つもの暴動が起きている、と‥‥」
 ケープタウンの各地で起きている暴動は、規模の差はあれ、全てケープタウン国際空港から20km圏内で発生しているものであるという。
「ケープタウンに黒い霧が発生するようになってから、この空港は使用が制限されていましたが、今現在はもう完全に、敵の手に堕ちてしまったようです」
「それで、敵の規模は、どれくらいなんですか‥‥?」
「巨大なディアボルスが1体と、確認された特徴より、幹部魔将のレヴィアタン、アスタロト、ベヒモス、ネビロス――それと‥‥」
 そこで、職員は一度言い淀んでから、息を呑み、続けた。
「アリア・アンジェリーニの姿が、確認されています」
「‥‥そう、ですか」
「このままでは、フランス艦艇がここに寄港できなくなり、補給などが遅れてケルゲレンへの到着に致命的な遅れが出てしまいます。何とかしなければ‥‥」
 聖戦機関の職員は、急ぎ、SINN達を召集すべく動き始める。
 1人、作戦室に残ったマリアは、しばしの黙考ののちに、決意をその胸に秘めて頷いた。
 アリアに、会いに行こう、と。

◆登場NPC

 マリア・アンジェリーニ(sz0003)・♀・15歳?・エクソシスト・地・聖職者
 アリア・アンジェリーニ(sz0004)・♀・15歳?・?・風・?

◆マスターより

●マスターより
楽市です。
全体イベント【AS07】Leviathanのメインシナリオを担当させていただきます。
このシナリオでは、没ありプレイングとして処理され、MVP(物語に重要な貢献をした者)を中心として物語が描かれます。
選択肢をプレイング第1行で【ア】のように記入し、次行より本文を続けて下さい。(複数選択肢不可)
戦場となるのはケープタウン国際空港の滑走路です。だだっ広いこの場所に、敵が堂々と陣取っています。
このシナリオの結果が、AS07の企画イベント、第02回全イベなどの開始状況に影響を与えることとなります。

ア:赤い竜
 関連NPC:マリア・アンジェリーニ(sz0003)、アリア・アンジェリーニ(sz0004)
 空間の歪みから現れた巨大な赤い竜の撃退を目的に動きます。
 ケープタウンの住民たちを狂わせているのはこの赤い竜である可能性が高いです。
 ここを放置すると、それだけで住民たちは暴動によって自滅することなるでしょう。
 ここにはアリアがいるため、マリアもここに向かいます。
 痕跡:大きな足跡
イ:巨木の軍勢
 赤い竜の左翼に陣取っているのが【獣の軍勢】の一角である【巨木の軍勢】です。
 本物かどうかは不明ですが、手勢であるハーフブリードの部隊を率いて、SINN達を待ち構えています。
 痕跡:お香の臭い、硝煙の臭い、特になし、特になし
ウ:海魔の軍勢
 赤い竜の右翼に陣取っているのが【獣の軍勢】の一角である【海魔の軍勢】です。
 本物かどうかは不明ですが、手勢である魔獣の群れを率いて、SINN達を待ち構えています。
 痕跡:うめき声、大きな足跡、獣毛、獣毛
エ:一般人の鎮圧
 国際空港周辺で暴動を起こしている一般人の鎮圧、及び黒い霧の影響で発生したヴァリアントヒューマンへの対処を行う選択肢です。
 霧の濃度が高く危険である為、注意が必要です。また、暴動を起こしている一般人とヴァリアントヒューマンへの断罪許可は出ていません。
 痕跡:特になし、うめき声
オ:それ以外の行動
 どの選択肢にも該当しない行動はこちらとなります。
 内容で判断させていただきますので、他選択肢に割り振られたり、採用率そのものが低い場合がありますのでご了承ください。

リプレイ
●右翼:海魔、群がる
 軍勢ではなく、単純に、純粋に、それは「群れ」としか呼べなかった。
「き、来た! 来た! か、か、神の人形共! お、愚か、愚かなヤツら!」
 幹部魔将、【海魔の懐】ベヒモスの肩に座っている魔王、【海魔の頂】レヴィアタンが、現れたSINN達を見降ろし、罵った。
「や、や、やれ! ころ、殺せ! ブチ、殺せェ!」
 レヴィアタンの指示とも呼べないその言葉に呼応するように、牛の頭を持った巨漢が一歩踏み出し、八本足の馬が高くいななく。
 魔獣の群れが、全体をして一個の生物のように、動き始めた。
「来るぞ、統率なんて全くないみたいだが」
 上空、背に猛禽の翼を生やしたトラフズクの獣人、雫石 雪凪(sp8252)が、地上へと戻って右翼担当のSINNにそれを伝える。
「速やかに行きましょう」
 そう告げたのは、琴宮 涙湖(sb1982)。敵と直接交戦に入る前の今こそが、エンジェリングの魔法を最も効果的に使えるタイミングである。
 彼女は祈りを捧げると、背に光の翼を具現化させ、手をかざした。
 放たれた火球は、彼女の祈りによってその飛距離を通常の二倍まで延長されていた。
 火球は、魔獣の群れの最前線近くに着弾、巨大な烈火をそこに生み出す。
 魔を伴った爆炎にあぶられて、多くの魔獣が悲鳴をあげた。
 戦闘開始直後の阿鼻叫喚。
 さらにそこへ、エテルナ・クロウカシス(sp1494)がダメ押しの雷光をその手より解き放って。
 激しい放電が範囲内にいたミノタウロスとスレイプニル数体を散らし、霧散化させる。
「この光こそ、聖戦の魁です」
 ファーストアタックを見事に成功させたエテルナが、手のひらに残る魔力放出の余韻を味わいつつ、そうこぼした。
 涙湖の放った爆炎は、今は黒い霧よりもなお濃く、なお厚い煙となって魔獣とSINNとを遮っていた。
 その中から、凄まじい速度でスレイプニルが突進してくる。その八本足は、伊達ではなく。
「知っていたわ」
 だがその突進を、待ち構えていたセイディ・ゲランフェル(sp8658)が、自らを壁として受け止めた。
 立ち込める煙の向こうより迫る魔獣を、何故だかセイディは感じ取っていた。
 獣人の優れた知覚能力か、或いは全く別の、神の奇跡か。
「足がたくさんあるのは大変だな」
 セイディの横合いから、アスラン・ノヴァク(sq1286)がガラス瓶に入れておいた特殊液剤をスレイプニルの足元に叩きつける。
 ブチ撒けられた液剤は地面に広がると、スレイプニルの足を激しく滑らせ、転倒させた。
 スレイプニルの後を追うように現れたミノタウロスを、セイディとアスランは並んで構え、迎え撃つ。
「大丈夫か?」
「ええ、大したことはありません」
 自分を気遣ってくれるアスランに頬笑みを返しつつ、セイディは身を低く構えるのだった。
 一方、足を滑らせたスレイプニルには、雪凪と雫石 結氷(sp9763)が向かっていた。
 スレイプニルは立ち上がろうとしている。そこには当然、大きな隙があった。
「そんなに立ち上がりたいなら――」
 結氷が、その名に相応しい吹雪のブレスを吐いて、スレイプニルの身を凍えさせた。動きが、今度は目に見えて鈍る。
「トドメを、喰らわせてやろう!」
 そこへ、天道 一輝(sg8206)が踏み込んで、成就した白の浄炎がスレイプニルを焼いた。
 ――しかし、トドメを刺すには至らない。スレイプニルはようやく立ち上がり、結氷へとその首を向けようとする。
「おっと!」
 空から、雪凪がスレイプニルへと急降下、手にしたナックルで殴りつけ、その身を霧散化に追い込んだ。
「雪凪、かっこいい!」
 茶化すように言う結氷へ、共に組んでいるラティーファ・アミン(sq2900)がニュートラリィの魔法を使っていた。
 これで結氷が身に帯びていた魔力は失せて、彼は新たに吹雪の息を使うため、魔法を行使できる。
 煙の向こうから、折り重なって汚い雑音としか思えない、魔獣共の鳴き声が聞こえてくる。
「踏ん張るぞ」
「もちろんだよ!」
 次々に煙を超えてくる魔獣の群れを前に、獣人の兄弟は、各々の武器を強く握るのだった。

●左翼:悪しき心、満つる場へ
 国際空港を舞台とした戦いの中、左翼に陣取っているのは【巨木の軍勢】であった。
「前進せよ」
 ネビロスが下した号令によって、整列した武装兵士達がSINN達に向かって前進を開始する。
 その兵の全てが、上級の悪魔と契約を交わし、人外の力を手にしたハーフブリード達で、兵士としても相応の訓練を経ているようだった。
 魔獣を率いる【海魔の軍勢】とは違う、連携を前提とした数の暴力。
 中央に陣取っている赤い竜とも違う、個を押し切る集団の武力。
 或いは、対人戦に限るならば、この軍勢が最も大きな脅威であるのかもしれない。
 ――対人戦に、限るのならば。
「あそこが一番、人が集まっているのです!」
 迎え撃つSINN側、その最前線より、背に猛禽の翼を生やしたキツネの獣人、ヒメコ・フェリーチェ(sq1409)がやや上空より眼下の志島 陽平(sa0038)へそう伝える。
「OK! ファーストアタックと行くッス!」
 陽平は雄叫びをあげてアルゲントを成就すると、イヌの獣人となって地を蹴った。
 両軍が接敵し、場が戦いの混乱に呑み込まれる前に、二人のクレスニクは動いていた。
 空からヒメコが。地上からは陽平が。
 先行するのはヒメコだ。
 今回、敵の中には浮遊、飛行能力を持つ者がいないようで、その時点で彼女の飛行能力は大きなアドバンテージといえた。
 さらにキツネの獣人たる彼女が持つ野生の勘が、目指すべき場所を探すのに役立ってくれた。
 敵兵の数人が、ライフルや拳銃でヒメコを狙うも、空を自由に舞う彼女はこれを回避し、敵へと肉薄した。
「いくのです!」
 敵が最も密集しているその一角へ、ヒメコが低空より咆哮を浴びせかけた。
 響く獣の雄叫びは魔の力を帯びていて、抗いきれなかった敵兵達は、急激な脱力感に隊列を乱す。
「おーっと、まだ終わらないッスよ!」
 入れ替わるように、陽平が跳躍して敵陣に切り込んだ。
 ヒメコは、すでに高く逃れている。彼の咆哮の範囲に入らないようにだ。
 スゥと息を吸い込んで、陽平が放った咆哮は、ヒメコのソレよりも広範囲に渡って響き渡った。
「あ、ァ‥‥?」
 力が抜ける、だけではない。敵陣の一角で、次々と膝を突く、ハーフブリード達。
 ヒメコの咆哮が相手に脱力感を与えるならば、陽平の咆哮は、聞いた者の平衡感覚を激しく狂わせる。
 練度の高い兵士でも、この感覚の狂いの中にあっては、平静さを保つのは難しい。
 すでにこの時点で、敵側の戦線の一部を破壊することに、二人は成功していたのだ。
 ならば、畳み掛けるまで。
「こっちからも、切り込ませてもらうぜ!」
 何とか立ち上がろうとしているハーフブリードの背後に、御剣 龍兵(sa8659)が転移してくる。
 ロクな反応もできない敵へ、彼は容赦なく、拳の雨を浴びせた。
「悪いことはさせないからね!」
 空を舞い、飛び込んでいくのはコウモリの獣人、エスター・ゴア(sq0475)。
 何とか立ち上がった敵兵の銃弾を、彼女はヒラリヒラリと難なくかわしていく。
 魔法で得た超感覚によって、ゴアは弾丸の回転すらも見切っていた。
「‥‥いってください」
 オズウェル・クローチェ(sq1494)が、実体化した影の狼を敵へとけしかけて、自身は拳銃の安全装置を外した。
 先制攻撃は、間違いなく大成功だった。
 開戦前は完全な統制のもとにあったハーフブリード部隊が、陽平とヒメコの二人によって、その統制を完全に破壊されていた。
「俺らも行くッスよ!」
「はい、なのです」
 一度退いた二人も、この機を逃すまいと戦線へ復帰しようとする。
 ――だが敵も、そこまでヤワではなかった。
 爆裂。
 戦場に、巨大な紅蓮が花開いた。
「ナメるんじゃないぞォ、SINN共ォォォォォォォォ!」
 怒髪天を衝く叫びは、火球を放って爆発を起こした敵兵のものだった。
 悪魔魔法インスピラティオネ。上級魔神のフラウロスが用いる悪魔魔法であった。
「‥‥そうそう、簡単にはいかないってことッスね」
 咄嗟にヒメコを庇った陽平が、肌を焼く余波に顔をしかめる。
 敵兵もまた、ただの兵士ではない。それを今さらながらに再認識した。
 お互いのファーストアタックはこうして終わり、戦線は激化していく。

●中央:災厄を告げる赤
 景色を霞ませている黒い霧の向こう側に、その赤は高くそびえたっていた。
 屈強なる四肢と肉体、今は閉じられている巨大な翼、頭に戴く鋭い角はその先端まで血のように赤い。
 ドラゴン。伝説に謳われる、人類の天敵。
 その名を、ドラコルブルムといった。
「‥‥白の次は赤、ですか。本当に、黙示録の四騎士とでも?」
 空港入り口付近、遠くに見える赤い竜を眺めながら、ユビキタス・トリニティス(sa1273)が呟いた。
 手にしたタブレットには、彼が検索した情報がびっしりと並んでいる。
「『大いなるバビロン』、『大淫婦』、黙示録に記された罪深き女。姦淫の象徴にして、裁きの炎に焼かれるもの、と、ありますが‥‥」
 彼の言葉を聞き、マリア・アンジェリーニ(sz0003)はその顔に思いつめたものを浮かべている。
「アリアさんが悪魔の側に身を置いている理由は分かりませんけどー‥‥」
 俯いているマリアに、メイリア・フォーサイス(sa1823)が声をかけた。
「アリアさんはマリアさんのことを気にかけているようでしたー。だから、敵の討伐も大事ですけど、アリアさんもきっと助け出してあげましょうー!」
 腕を突き上げるメイリアの言葉は、マリアの心を、幾分、軽くしてくれた。そう、自分は、アリアを助けに来たのだから。
「さて、ボチボチ頑張りますかー」
 アルベルト・ルードヴィッヒ(sa0074)が、マリアやメイリア、そして周りに集まっている仲間達へ祝福を施す。
 これから始まるのはまぎれもない死闘。神の祝福は、確実に彼らを助けることだろう。
「マリアちゃんも一人で抱え込んで無理しちゃだめだよ?」
「うん、わかってる‥‥」
 言われてマリアも頷いて、だが、彼女の言葉に水を差すようなタイミングで、轟いたのは赤竜の咆哮であった。
 その雄叫びに導かれるようにして、右翼、左翼より、ドラコルブルムを覆うようにして魔獣や人型の、おそらくはハーフブリード達が壁を成す。
「どうか、皆様に怪我がないように‥‥」
 花枝 美咲(sk2703)が成就したサナティは、その場では効果を発揮せずに全ての仲間に染み渡る様にして宿った。
 それは、彼らが傷ついたとき、おのずと傷を癒すことだろう。美咲の頭上に輝く天使の環の働きである。
「私にはこれくらいしか出来ませんが、この危機から救える事をお祈りいたしております」
 そう言い残し、彼女は天使の翼を広げて空中へと舞った。戦場における自分の役割を果たすために。
「何はともあれ、主の祝福あれ、ね」
 美咲を見上げていたマリアの肩を、厳島 雪花(sp0998)が強めに叩いた。
 その瞳が語っている。一緒にアリアを取り戻そう、と。
 彼女は両手でアサルトライフルを構えると、身を低くして走り出した。その先には、すでにこちらに向かって来ている敵兵の一団。
「世界に何が起きてるかなんて、分からないけれど‥‥」
 レティシア・モローアッチ(sa0070)は呟いた。
 何かが起きている。何が起きているのかは分からない。分からないことが多すぎた。
 だが、その全ては、今これから明らかになろうとしている。そんな気もしていた。
 だから何かをしないといけない。それだけは分かる。
 彼女は、前を見据えている。その手には、アルケミーによって練成した手榴弾が握られていて。
「お姉さんとして、がんばってるみんなを援護してあげないとね」
 彼女は手榴弾を敵軍に向かって投げつけた。
 炸裂したそれは、強度の粘性を持った液体を広く撒き散らし、敵兵はたちまち絡め取られて動きを鈍らせる。
「聖女奪還作戦、行きましょうか。マリア」
「うん‥‥!」
 戦いが、始まる。

●市街:黒にまみれた街の中で
 ケープタウン国際空港のすぐ外に出たら、もうそれだけで、景色は暴動の街のそれへと変わる。
 喧騒はどこに行っても途絶えなかった。
 それは悲鳴であり、怒号であり、そして苦しみのうめき声だった。
 黒い霧は、すでに広がっていて、燃える店も、倒れている人々も、全てを呑み込み、包み込んでいた。
 それは可視化した霊的物質であり、人を狂わせる忌まわしきものであった。
「ウウウ‥‥」
 そこに転がっていた鉄パイプを拾い上げて、その男は近くの物陰に隠れて震えている少女を見つけると、
「ウオオ、オオオオオ!」
 いきなり、殴りかかろうとした。
「やめなさーい!」
 だが間一髪。割り込んできた声の方に男が振り向くと、声の主を見る前にその体は激しい水流に押し流されていた。
 声の主はナタク・ルシフェラーゼ(sa2677)。男を押し流したのは、彼女が乗っている車からの放水だった。
 少女が逃げるのを見届けて、ナタクは小さく息をつく。
「オオ! ウオオ!」
 だが状況は予断を許さなかった。びしょぬれになった男が、ガン、ガンと、鉄パイプで車を殴り始めていた。
 男の暴れっぷりに引き寄せられるように、数人が、ナタクの乗る車へと寄ってくる。
 人々は空港にいる赤い竜が発する黒の霧によってその精神を冒されて、理性の歯止めが完全に壊れている状態だった。
「全く、暴れてくれちゃって」
 フッと、運転手席のナタクの姿が消えて、彼女は車の外へと転移すると、無防備に背中を晒している暴徒の一人を殴りつけ、その場に昏倒させた。
 すると人々は、その狙いを車から彼女へと変えて、一斉に迫ってきた。
「ちょっと痛いかもだけど、我慢してよ!」
 ゴキリと拳を鳴らして、彼女はそれから、たった一人でその場の暴徒を一人ずつ、昏倒させていくのだった。
 空港からしばし離れた商店街では、フェリシア・エドフェルト(sp7734)がまた一人、急所への打撃によって昏倒させる。
「やれやれだね‥‥」
 グッタリと力を失った暴徒を近くの物陰に寝かせて、彼女は周囲を見渡した。
「う〜ん、はただの避難誘導とはいかなそうだね」
 スティナ・エーケンダール(sp7978)が、その暴徒をロープでギュッギュと締め付ける。
 彼女たち二人の周りには、そうやって無力化された市民が数人、転がっていた。
 この場所の近くには放送設備があり、それを見つけた紺野 きつね(sp9415)が、設備から外に向かって呼びかけを行なっていた。
「暴動を起こしてどうなるっていうんですか〜!」
 その言い分は尤もではあるのだが、しかしこの暴動自体、竜の能力であること。
 また、そもそもきつねにはこの国で使用されている言語が使えないことなどより、この呼びかけ自体、あまり効果を成していなかった。
 彼女の声が響く外では、今も黒い霧に冒され、全てに対して憎悪を膨れ上がらせている市民達が呻きながら彷徨い続けていた。
「大丈夫ですか‥‥!」
 女性の一人に声をかけ、アルカ・カナン(sf2426)が女性へサナティを試みる。
 これが精神的な影響であれば、癒すこともできるのではないか。そう考えてのことだったが――
「オ、オォ! オ!」
 獣のような声を響かせ、女性はあるかにしがみつくと、彼の首を絞めようとしてきた。
「あぶないね!」
 それを見つけたフェリシアが女性の首筋を打ち据えて昏倒させ、アルカは何とか女性の腕から脱した。
 この状況は、サナティでは解消できない。
 それが分かっただけでも収穫ではあったが、しかし、アルカは違うところに意識を向けていた。
 ――どこかに、避難所でもあればよいのですが。
 無力化された市民たちは、大体が物陰や建物の入り口などに転がされている。
 SINNと彼らの人数比率を考えれば、そうすることも仕方ないのは分かるが、それでも、思うところは大いにある。
 佐藤 一郎 (sb2526)が、パペットを使って無力化された市民を建物に運んだりしているが、それも今という現状では焼け石に水だ。
 しかし、アルカの懸念に対して、具体的な答えを示す者も、また、存在していた。
 それは大きな通りがある場所でのことだった。
 燃えている車から、もうもうと黒い煙が上がっている。暴徒たちは、己にある憎悪を力任せに回りに叩きつけて、街は破壊の憂き目に遭っていた。
「脳細胞がトップギアだぜ!」
 派手なBGMと共に、一台の黒塗りの車が現れた。
 見た目からして頑強そうなそれを乗り回しているアーサー・ラヴレス(sa4830)が、ハンドル脇のスイッチをポチッと押すと、車体前部の発射口から催涙弾が発射。
 人々がたむろしているそこで、催涙ガスが噴き出した。
「ゴスタ、あっちだぜ」
「おー! 行ってくんぜ!」
 助手席に乗るレイヴェンス・エーベルト(sq2046)の誘導に従って、ゴスタ・ユオン(sp9246)がバイクでその集団へと突っ込んでいった。
「うちもいくでぇ!」
 バイクには、インマ・サッキュ(sf2350)も同乗していた。
「う、あああああ!」
 催涙ガスに目をやられ、のたうちながら男がインマに殴りかかろうとする。
 それをゴスタが体当たりして相手の体勢を崩し、インマは腹部をドツいて気絶させた。
「ロープでぐるぐるやで〜」
 インマが倒れた男をロープで縛っていると、そこに、羊型のパペットが寄ってくる。
「そちらの方は大丈夫ですか?」
 パペットを操っていたのはマリク・マグノリア(sp3854)だった。インマは彼に、「無事やで」と応えると、マリクは小さく頷いた。
「では、こちらに――」
「お、なんだなんだ?」
 マリクに案内されて、男を担いだゴスタは近くにあった雑貨店とおぼしき建物へと入る。
「おや‥‥」
 そこには、エティエンヌ・マティユ(sj6626)がいて、店の中には意識を失った市民たちが並んで寝かされていた。
「ここは、緊急の避難所みたいなものですよ」
 マリクが説明する。それは、エティエンヌが用意したローレムを付与したCROSSによって作られた、即席の避難所であった。
「ちょっと入りきらないかなぁ〜」
 と、入ってきたのはゴスタと同じように意識を失った市民を担いできたナタクだった。
 この戦いの中にあって、エティエンヌが用意したこの場所は、拠点として活用されることとなる。
 そう、一般市民を相手にしたこれもまた、一つの戦いには違いないのだった。

●空港:遊撃部隊は空を往く
 ユリウス・ブライトナー(si7758)は十七歳にして、航空機操縦の腕前はかなりのものだった。
 今も、彼は今回の戦いに於いて遊撃部隊として立ち回るべく、ヘリを操縦し、そこに同乗する姉のブリギッタ・ブライトナー(si7746)の狙撃を助けていた。
「ユーリ、右。もうすこし寄って」
 自分のパペットを戦場に放って、それをカメラ代わりにしてギルベルト・ブライトナー(si7759)がユリウスに指示を出した。
「了解だぜ!」
 ユリウスは操縦桿を操作し、ヘリを右方へ傾けると、ブリギッタが狙う先に大きな背中を晒すミノタウロスがいた。
「絶好の的ですね」
 ブリギッタは呟くと、対物ライフルのトリガーを弾いた。
 彼女の魔法によって力を得た弾丸が、牛頭人体の魔獣の背中に命中し、そこに大きな穴を穿つ。
「ユーリ、そこからクルッと左に、いける?」
「オー、任せとけ!」
 ユリウスがヘリを旋回させる。すると、今度はブリギッタの視点が左翼の戦場へと移り、魔獣から敵兵に標的が移り変わる。
「飛べる敵がいない、というのがいいですね」
 今回、赤い竜以外には空を舞う敵がいないことが、彼女達の活動をかなりやりやすくさせていた。
 ブリギッタが二度、三度と射撃を重ね、空から敵兵を狙撃していくと、やがて、弾丸が尽きてしまう。
「ユリウス、予備弾を」
「はいよー。ギル、ちょっと運転変わってくれー」
「分かったよ」
 ギルベルトがマシンダイブを成就して、ヘリの操縦を少しの間、交代する。
 ヘリの外には黒い霧が漂う街が見えて、ふとギルベルトは呟いていた。
「アン姉さん、大丈夫かな‥‥?」
「きっと、大丈夫ですよ」
 ブリギッタが答え、受け取った予備弾を装填する。
「自分達は、自分達のできることをするのみです」
「うん、そうだね、姉さん」
 ギルベルトは頷いて、ユリウスもヘリの操縦に戻るのだった。
 戦いは未だ、終わりは見えない。

●右翼:生命躍動
 ミノタウロスが、片手で高々と大斧を振り上げ迫ってくる。
「わー、こわいなー、もー」
 白い体毛の熊の獣人、五老海 ディアナ(sq3106)は、間延びした声でそう言うと、一撃をよけずに両腕でガードして受け止めた。
 足が地面に沈むほどの衝撃がその身を伝うが、高質化した皮膚は、斧の刃を通さない。
「よーし! 私も頑張ってみよー!」
 彼女は、再び斧を振り上げようとするミノタウロスを見上げると、ポケットに入れておいた魔力を宿した薬品を一息に飲んで、大きく息を吐いた。
 その吐息は強烈な氷のブレスとなって、ミノタウロスの巨体を凍てつかせる。
「私の推理によれば、今がチャンスです!」
 名探偵、御剣 四葉(si5949)であった。
 躊躇なく、彼女はミノタウロスへと駆け寄ると、CROSSを掲げてメギドを成就。
 白き炎に包まれて、ミノタウロスは霧散化もできないまま絶叫の中で消滅する。
「フフ、やってやりま―ーキャア!」
 得意げに勝利宣言をしようとしていた彼女を、スレイプニルの突進が襲った。
 成すすべなどなく吹っ飛ぶ四葉。だがその傷は、駆けつけたマイア・イェルワジ(sj7576)が魔法によって癒す。
「大丈夫ですか?」
「う〜、油断してました」
 痛みが消えて、四葉が自分を襲ったスレイプニルの方を見ると、それは空を駆けるマイアを追っていた。
 アレ、と、見ると、こっちにもマイアがいた。
 それがゲミニーの魔法による分身だと気づくまで、数秒かかった。
「囮です」
「なるほど‥‥」
 片方のマイアに説明されて、合点がいった。
 そこから少し離れた場所、マイアをフォローするような位置取りで、房陰 朧(sc2497)が二体のパペットを操り、自身は拳銃を構えて敵の動向を伺っていた。
 しかしそのさなか、空港全体を包む黒い霧が、彼の視界を大いに阻んでくる。
「‥‥厄介な霧だな」
 と、呟き、一瞬、その意識を霧の方に移したとき、背後から衝撃は襲ってきた。
 声を出すこともままならぬ、背後からの敵の突進。八本足の馬は、いななきを上げてそのまま黒い霧の向こうに消えてゆく。
「ぐ、ァ‥‥!」
 痛みを何とか堪え立ち上がるも、霧は、やはりそこに蟠り、彼を邪魔していた。
 だが敵はこの中でもSINNに対して正確に攻撃を行なってくる。
「‥‥精気感知、か」
 垂れる血を拭って、朧はそれに気づいた。中級の魔獣でも、10km圏内の生命力を感知できるのだ。
 ゆえに黒い霧は、ディアボルスにとっては障害とはなり得ない。
 今、この場面でとて――
「‥‥そこか」
 テムジン・バートル(sa5945)が対物ライフルの狙いを絞り、スコープの向こうに見えるスレイプニルへとトリガーを弾いた。
 彼の描いたイメージでは、この直後に命中した弾丸によってスレイプニルの肉が爆ぜるのだが、それは起こらなかった。
「霧か‥‥」
 原因は明白であった。
 この霧によって、距離感も狙いも、微妙に狂いが生じている。
「今回も困難な作戦だな」
 彼が見据えるスコープの向こう側では、二人のクレスニクが魔獣と拳を交えていた。
「また外れたよー!」
 上随 スウソ(sq1318)自慢のりすりすアタックが、ミノタウロスにかわされてしまう。
「大丈夫か、スウソ! ――変身!」
 アーク・カイザー(sq0753)がここでシロハヤブサの姿を取り戻し、スウソをミノタウロスより守るべく思いっきり蹴りあげようとする。
 だが当たらない。黒い霧が、彼の視界の邪魔をする。
「ぐお!」
 逆に、ミノタウロスのパンチがアークの身を正確に打ち抜くばかりであった。
「いけませんね、これは‥‥」
 小茄子川 隆人(sp1454)が呟いた。その手には、やっと錬成できたひび割れた宝石が握られている。
 それは彼が生み出したもの。今という状況を打破しうるかもしれない、彼にとっては頼みの綱であった。
 ――上手くいくとよいのですが。
 期待と不安を共に抱きながら、彼はその宝石を一思いに握り潰した。
 シャリン、と、大した抵抗もなく赤い宝石は砕け散り、そして――

 ドクン。

 変化が生じる。
「――何かがあったな」
 テムジンはそれを敏感に感じ取った。
 観察していたスレイプニルが、急に迷ったようにその動きを変えたのだ。
 別の戦場では、アークがスウソを前にして、正義の逆転劇を繰り広げているところだった。
「スウソは、俺が守る!」
 空中から魔剣を携え、ミノタウロスに切り込む彼の後方で、スウソはユーチャリス・ミッドナイト(sp9432)から受け取った薬を飲んでいた。
「えっと、大丈夫?」
「うん!」
 元気よく答えるスウソに、ユーチャリスも頷く。
 彼女は感じていた。先ほどから、この辺りに漂い始めた異質な空気。それは、この冷たく暗い黒い霧の中にあって、どこか温かく、包んでくれるようだった。
 きっと、ディアボルスにとってはありがたくないものだ。
 その推測を証明するかのように、これまで迷いなくSINNを捉えてきたミノタウロスもスレイプニルも、揃って動きに精彩を欠くようになっていた。
 隆人が砕いた宝石によって、一時的にその場全体の生命力が増大し、精気感知の精度が激しく落ちているのが原因だった。
 彼のアルケミーは、大成功だった。まるで、神の奇跡が働いたかのように。
 そして魔獣達は、それでも精気感知に頼るしかなく、己が近くに感じる最も大きなホスティアのもとへと接近していき――
「あはん♪」
 待っていたのは、魔力を帯びた腕輪によって己の生命力を擬似的に増大させていた、ニーチェ・シュートラー(sp6098)だった。
 自らを狙って集まってきた魔獣の群れを見渡して、ニーチェは「ん〜」と、不満そうに唇を尖らせた。
「お馬さんに牛さんしかいないのねぇん、草食系ばっかりだわぁ」
 そして彼女は吼えて、ウサギの獣人としての姿に変わり、
「こんなんじゃ、アタシは食べさせてあげられないわねぇん」
 軽口と共に、ナックルを握った拳を構えるのだった。

●左翼:舞えよ、炎の中に
 戦場を彩る爆花は、一つや二つではなかった。
 それは、火の力を宿すエンジェリングには特に見覚えのあるものだった。
 彼らが使うイグニスの魔法によく似た、高威力の火球を撃ち放つ悪魔魔法。
 SINNとの戦いで幾度も猛威を振るってきたそれが、今もまた、戦場を焼き尽くさんとしていた。
 だが空にあって、場を俯瞰していたエンジェリングのウェスタ・イェルワジ(sg1931)は、そこに違和を感じた。
 爆発が幾度も生じている、この左翼の戦場。
 そこの一角から、離れようとしている敵一団がいることに気づいたのだ。
 ――あの悪魔魔法は、目晦ましか?
 いち早く、それに気づけた。
 まさに、彼の推測通りである。
 ハーフブリード数名が、この場を離れ、外へと侵攻しようとしていたのだ。
 イクスプロジアと呼ばれる変種のハーフブリード達が、最前線で執拗に悪魔魔法を使い続けていたのは、そう、炎を壁にするためである。
「行かせる気はないけどね!」
 こんな連中を街に解放すれば何をしでかすか分からない。
 危機感より、ウェスタはその一団へと単身突っ込んで、腕を振るうと風を渦巻かせてその動きを阻みにかかった。
「お、うォ!」
 離れつつあった数名が、いきなりの突風に呷られて身を縮こまらせる。
 ウェスタの声に気づいたSINNも、彼に続いてその一団へと向かった。
「悪魔に魂を売った愚か者よ‥‥」
 わざわざおどろおどろしい声を演出し、かぶった白い仮面によって大きな天使の幻影を生み出していた南郷 龍馬(sq3216)が敵に迫る。
 実質、それでハーフブリードを拘束する力があるわけではないが、一秒の間にも状況が動き続ける戦場で、驚きによる隙を作ることは無益ではない。
「武器を捨てて、君たちのしていることは、許されることじゃない!」
 リュカ・フィオレンツィ(sk3006)の言葉には、魔力による説得力が宿っていた。
 聞けば、一般人などは抵抗の余地なく屈するその言葉は、しかし、そのハーフブリードは無理矢理に抵抗した。
「うるせぇんだよ!」
 汚い言葉を吐いて、ハーフブリードの一人がリュカに拳銃を向ける。
 しかし空から突っ込んできた翼を持った獅子が、その腕に食いついた。
「やらせてやるもんか、ってね」
 悲鳴を上げているその半魔へと、十文字 翔子(sf7297)が放った雷光が降り注いだ。
 世界に瞬きが走ったのは、その直後。
 ウェスタが形成した聖域が、ハーフブリードの部隊を巻き込んで、現実世界から隔離する。
 その魔法を知っていたのだろう。
 途端に音を失った現実そっくりの異界の中で、半魔たちが怒りの叫びを上げた。
「骨まで焼けて死んじまえ!」
 イクスプロジアが混じっているらしかった。
 突き出された掌から吐き出される火球が、異空の場所に紅蓮を巻き上げる。
「させはしない!」
 だが盾を掲げ、ウェスタの前に立ったシュナイト・ヴァール(sp7330)が、代わりに爆炎を受け止めた。
 盾はブレスを防ぐようには炎を防いではくれないが、その勢いを削ぐだけならば充分に効果を発揮してくれる。
「もういっぱ――?」
 手を突き出したままのイクスプロジアが、新たに火球を放とうとして、動きを止める。
 彼は気づいていただろうか。開けた自分の口のど真ん中を射抜いた、一本の矢の存在に。
 力をなくし、倒れたその身体からは、すでに命の灯火が消えていた。
「――フゥ」
 離れた場所で、息を細く、抜けるように吐いていく。
 矢を射た鷺沼 妙子(sp1602)が、よどみない動きで、再び矢を弓に番えた。
 魔法によって威力を増し、溜めた上で放たれるその一矢は、人外に成り果てた半魔をも、一撃で死に至らしめる威力を持つ。
「タエ、射程内にまた一人、入ったわ」
 彼女のすぐそばで、児玉 初音(sp1503)がタブレットに目を落としつつ告げた。
「今のところ、問題なく機能してるね‥‥」
 近距離の生命力を感知するそのタブレットは、エリオット・フレイザー(si0562)が錬成したものだ。
「OK、一人も逃さない」
 自らが引き絞る弓のように、妙子は意識を細く尖らせると、また一撃、ハーフブリードを射抜いた。
 一点に集約されたその矢の威力は、戦闘服に身を包んだ半魔を次々と地に伏せさせていく。
「ふざけるなァ!」
 妙子へと、怒りをブチ撒けながら、最後に残ったイクスプロジアがインスピラティオネを炸裂させた。
 巻き上がる炎が、矢を構えた妙子を包み込む。
 焼いた。焼き尽くした。
 その半魔はそう思ったことだろう。しかし、炎の果てに彼が見たのは、羽ばたく初音の光の翼。
 輝きを帯びたその祈りは、妙子の傷をたちまち癒し、彼女はまた、弓の弦を弾いた。
 矢は空を貫き、半魔を射抜き、命を砕いた。
 ウェスタのサンクトゥアリィが終わったのは、その瞬間、現実世界の喧騒が、彼や彼女の耳に再び届いた。
 別世界に隔離された半魔の部隊は、全滅していた。死体が、無常と共に転がっている。
「実に、好都合だ」
「――――ッ!?」
 いつ、そこにいたのか、ウェスタも、妙子も、気づくことが出来なかった。
 幹部魔将、【巨木の懐】ネビロス。
 黒の軍服に身を包んだ彼が、死体の転がるその場所で何かを呟くと、途端、完全に事切れていたはずのハーフブリード達がムクリと身を起こした。
「戦え、骨の一片まで灰になるまで」
 伝承に曰く、魔神ネビロスは悪魔の中でも最高の死霊術士であるという。
 彼にとっては、死者こそが兵。死者こそが武器。
「我らが大樹の礎となれ、神の愚息たち」
 ネビロスが、死者の軍勢を率いて、SINNと対峙した。

●中央:堅固なる暴威
 赤い竜がいる場所に、アリア・アンジェリーニ(sz0004)がいる。
 すでにSINN達も知る確定情報ではあるが、だが現在位置は、その確定情報の中には含まれていない。
 戦いは始まり、赤い竜を中心としたこの戦場では、魔獣、ハーフブリードと、SINN達が激突している。
 混戦と呼ぶには、まだ全体的な隊列の乱れは少ないものの、小娘一人を見つけるのはいささか骨の折れる状況となっていた。
 そしてこれは当然のことではあるが、この戦場におけるSINN側の最大討伐目標は、そのど真ん中に居座っている、赤い竜だった。
「――偶像を拝する者および凡て偽る者は、火と硫黄との燃ゆる池にて其の報いを受くべし!」
 詠唱を終えると、手のひらに刻まれた聖痕より大きな光弾は撃ち放たれて、ドラコルブルムに直撃する。
 格の高い相手であるほどに強く作用するはずのその光弾は、しかし、赤い竜を揺るがすことはできなかった。理由は明らかだ。
 その表皮を覆う、忌まわしき魔の鱗に違いない。
「‥‥ならば、重ねるだけです」
 ナイ・ルーラ(sb0124)は再び詠唱に入ろうとする。
 その脳裏に、この戦いの前に共に生きて帰ることを誓った妻の姿を思い描きながら。
「竜さんを、倒すの‥‥!」
 彼の傍らよりドラコルブルムへと、栄相 サイワ(sa0543)が駆け寄っていった。
 その手に握られたCROSSより、彼女は聖なる光を成就し、竜へと浴びせかけんとする。
 しかし早かったのは竜。
 彼女に気づくなり、ドラコルブルムはその大アギトを高く開くと、喉の奥より漏れいずる、紅の灼熱。
「――危ない!」
 溢れ出た爆炎を、ナイが前に立って受け止める。正しくは、掲げたCROSSを媒体とする、不可視の結界が。
 その見た目通りの、圧倒的な炎のブレスは、結界によって受け止められはしたものの、余波とも呼べる高熱までは防いでくれない。結界内の二人は己が焼かれる錯覚を覚えた。
「このー!」
 天使の翼を羽ばたかせ、栄相 セイワ(sa0577)が高速飛行でもって竜の眼前を横切った。
 セイワは、高いホスティア量を誇るエンジェリング。ディアボルスの本能ゆえか、ドラコルブルムの意識は彼女の方へと削がれた。
「今のうちだ、退け、二人とも!」
 拳銃を手にした東雲 燎(se4102)が、ナイとサイワを大声で呼んだ。
「大丈夫?」
 セイワが二人の前に降り立つ。そしてもう一人のセイワは、今もドラゴンへの囮になっていた。
 ゲミニーによる分身である。
 囮になっている方が、かざした手のひらから雷光を解き放つ。
 それは赤い竜に突き刺さったが、堅牢なる魔の鱗を打ち破ることはできなかった。巨体ゆえ、その在り様ゆえ、赤い竜の堅固さは極まっていた。
 竜が再びその大口を開いた。一度見ればいやでも覚える、それはブレス解放の前兆だ。
「あー! めんどくせぇな!」
 空を舞い、竜の口の中で膨れ上がる炎のまん前に立ったのは、セルゲイ・クルーツィス(sc4350)。
 彼はそうやって毒づくと、大きく手のひらを振りかざし、その動きに連なる様にして導かれた空気は渦を成し、気流を作って高熱のブレスを形がなくなるまで吹き散らした。
 それでも余波にあぶられて、周囲の大気はチリチリと焼かれてセルゲィは不快さに舌を打つ。
「返しておくぜ!」
 苛立ち紛れに放った雷光は運よく竜の鱗を貫いて、効果を発揮した。
 竜が苦痛に呻く。怒り、迸る咆哮に身を叩かれながら、その巨体の足元辺りに、数名が既に行動に移ろうとしていた。
「柄にもなく正義の怒りなんてものを高めて、ノコノコと怪獣退治に挑みますかー!」
 茂呂亜亭 萌(so4078)が気勢を上げて、狙うは赤い竜、その口の中である。
 それはセルゲイが雷光を放った直後のタイミング、ドラコルブルムが咆哮をあげたのちの刹那。
 彼女が成就した雷光は見事に竜の口中へと炸裂し赤い巨体の血肉が爆ぜた。
「あらあら、ばっちり効いたみたいね。じゃあこっちはどうかしら?」
 萌の隣より、荒井 流歌(sp5604)が吹雪をぶつけた。
 赤い色、炎を吐くならば、この竜は氷に、水に弱いのではないか。そう目測をつけてのニクスの成就であった。
 しかし結論からいえば、推測は外れていた。吹雪は、ドラコルブルムに通用こそしたものの、特別高い効果を示すことはなかった。
 巨体の一部が白く凍てつきはしても、激しく弱るような反応は、見せてこない。
 ただ、十分に怒りを買うことには成功したようだ。竜の瞳が、二人の方に釘づけになる。
 ――作戦通りに。
「そーれ、こっちだよ!」
 ロードバイクにまたがって、声を大きくしてファミリア・サミオン(sb0511)が戦輪を竜に投げつける。
 投擲の一閃は、竜の鱗にあえなく弾かれるも、その意識は乱されて、ドラコルブルムは苛立たしげに長い首を振り回した。
 その背にファミリアが乗っていることに気付いたのは、直後のこと。
 視覚ではなく精気感知で、この竜はSINN達を認識している。それが明らかになった瞬間だった。
「手の鳴る方へ、っと!」
 魔法によってその身を加速させ、竜の背より飛び降りた彼女は、二人のエンジェリングと共に、竜をかく乱し続ける。
 そして、機は訪れた。
「ふははははは! 今こそ、その身を盗ませていただこう!」
「せーの!」
 ウルセーヌ・モローアッチ(sp5281)と皆本 愛子(sb0512)。
 二人のハンドラーが操るパペットが、ひそかに竜の足元直下の地面を掘り進み、今まさに、それは落とし穴として機能しようとしていた。
 だが――咆哮は轟いて、
「チッ、無理かよ!」
 愛子の護衛として、彼女と共に在ったジョニー・ジョーンズ(sa2517)が歯噛みした。
 彼の視線は、竜を見ていた。足元が崩れる直前に翼を広げ、飛翔した、赤き災厄を。
「‥‥来るよ!」
 ファミリアが警戒を促した。
 しかし、肉体が加速されている彼女はまだしも、竜を討つべく空に、地上に集まっていたSINN達が、どうしてそのまま落下させてくる巨体を交わせるだろうか。
 ドラコルブルム。20mにも達するその身は、運動力を帯びればそれ自体が凶器となる。
 今まさに、地を震わせるほどの一撃をもらってしまったSINN達は、激しい痛みと共にそれを味わっていた。
「みんなー!」
「大丈夫かよ!」
 竜の落下を免れたセイワが、セルゲイが、慌ててその現場へと飛んでいき、サナティの準備をする。
 傷は彼らによって癒されはしたものの、巨大なる悪魔。その脅威の一端をSINN達は思い知った。
「‥‥いけません。このようなことは」
 老いた声が呟きを漏らす。
 イーノク・ボールドウィン(sd3868)は祈りを捧げ、光の瞬きと共に周囲の世界を切り取った。サンクトゥアリィの成就である。
 仲間を守りたい。その想いと共に、彼は戦場となっている空港自体を守るために、世界を切り取ったのだ。
「やってくれやがったな‥‥!」
 右手に剣を、左手に槍を持ち、ジョニーがその髪の如く、怒りを燃え上がらせて竜へと突っ込んだ。
 戦いは続く。まだ、終わりは見えない。
 そびえる堅固なる暴威へと、SINN達は再び、挑んでいった。

●空港:天を衛る
 ケープタウン国際空港は、黒い霧の発生によってここ数週間、使用が制限されていた。
 しかし、空港自体が機能停止したわけでもなく、滑走路に重大な故障が発生したわけでもない。
 つまりこの空港は、まだ生きているのだ。
 敵が、それを占領しない道理はどこにもなかった。
「――ですが、今までもこちらで表立った動きがない以上、空港の占領はきっと保険のようなものでしょう」
 事態に気づき、仲間数人と共に空港の建物内部へと、九門 蓮華(sa0014)が乗りこんだ。
 表の入り口を迂回して裏口へ。
 そこにはライフルを持った武装した兵士がいる。おそらくはハーフブリードだろう。
「ここは私に任せていただきましょう」
 ドワイト・カーバイン(sp3893)が隠れながらパペット2体を敵の死角から接近させていく。
「なんだッ!?」
 敵兵が気づく頃には、パペットはすでに攻撃可能な範囲内に入っていて、戦闘は始まった。
 パペットに施されたスレッドによって、敵兵が持っていたレシーバーは凍らされてその機能を失う。
「くそ!」
 と、敵兵はライフルでパペットを撃ったが、魔力を纏ったその身体は、単純な物理力では傷一つつけられない。
 やがて、敵兵自体が凍らされて戦いは終了。しかし、戦闘音が他の敵兵に聞えてしまった可能性はある。
「ここは私が見張っていましょう。急いで!」
「ええ、行きましょう」
 ドワイトを入り口に残して、蓮華と他の仲間達は、空港内部へと入っていく。
「手筈通り、管制塔へはアガタさんと実朋さん。護衛には凛さん、お願いしますね」
 蓮華の指示に、アガタ・フォーシュベリ(sd3867)と実和 真朋(sn6429)、神楽坂 凛(sp3316)がそれぞれ頷いた。
 そして蓮華自身はミリーナ・フェリーニ(sa0081)、セザール・メルクス(so2513)と共に空港内のロビーへと向かった。
 管制塔内管制室の方では、武装した兵士二名が見張りに立っていた。空港の職員と思われる数名が、ロープで縛られて床に転がっている。人質だろう。
「あたしが行くね」
 凛は呟くと、かぶった仮面の効果によって裏口を見張っていた敵兵そっくりの幻影を纏い、見張りの方へと歩いていく。
「おう」
 と、相手の方から声をかけてきた。案の定、知り合いだったらしい。
 しかし声を出せば怪しまれる。この一挙動が、全てであった。
 凛が雷の魔力を宿したロッドで相手を殴りつけ、感電させて動きを止めると、もう一人が「なんだ!?」と驚きの声を上げて銃を向けてきた。
 だがそこへ、小さなヘリコプターが割り込んできて、そこに据え付けられている機銃が火を噴いた。
 真朋が操るガンシップパペットである。
 敵兵もハーフブリード、生半可な傷は再生してしまうが、体勢を立て直す前に、凛がその首筋を強く打ちすえて、意識を断ち切っていた。
「終わった? じゃあ、始めようか」
 アガタが、自分が持ってきた端末を管制機器に接続し、機器の掌握に入る。
「大丈夫ですか? もう、心配ありませんよ」
 言語の通じる真朋が職員の拘束を解いていった。幸い、彼らは目隠しをされており、幻影やパペットは目撃されていなかった。
「あっちは、どうなってるかな‥‥」
 倒れている敵兵を、ロープできつくきつく締めつけながら、凛は空港の方へと意識を向けていた。
 ロビーには、予想通りに人々が集められていた。ただ、敵兵が二人しか見当たらない。
 それでも数十人単位の一般人や職員が集められていて、恐怖に冒された人々は、恐怖を与える存在に対して無力になるということをよく示している構図だった。
「行きましょう」
 蓮華の号令を受けて、ミリーナが頷き、敵へと突撃する。
 人々の間にざわめきが起きた。敵兵はまだ、こちらの動きに反応しきれていない。
 ミリーナは拳銃を向けると敵兵に向かって立て続けに三度、発砲した。
 それは伝承武具と呼ばれるものだった。アクケルテ、弾丸を転移させる、転移の銃である。
 身構えていた敵兵二人は、全くの死角から衝撃を受けて、ただでさえ戸惑っていたその意識は、さらなる動揺に晒された。
 ならば、懐に入ることなど造作もない。あとはもう、相手が通常の生物であるならば、やりようはいくらでもあった。
 戦闘開始後、三十秒も経たない間に、ミリーナは敵兵の無力化に成功していた。
「もう大丈夫だよ、みんな!」
 彼女の言葉を、セザールが通訳していく。人質達の間に安どの空気が広がるのが蓮華には分かった。
 程なく、アガタと真朋のハンドラーコンビが空港をシステム面で掌握し、空港の制圧が完了する。
 何よりの勝因は、敵がここを保険としてしか見ていなかったところだ。
 だがもし、これを放置して、一般人を人質に取られたままだったならば――この戦いの結果自体にも、大きく関わっていたのかもしれない。
 赤い竜との戦いは、まだ外で続いている。
 しかし今は少しだけ、蓮華と仲間達は、この勝利の余韻を、堪能するのだった。

●右翼:モンスターハント
 ソレが一歩踏み出しただけで、地が震えたと、SINN達は錯覚した。
 【海魔の懐】ベヒモス。
 【獣の軍勢】の中でも最も大きな肉体を持つ魔将が、物言わず、静かに、殺気を漲らせる。
「敵将か」
 ベヒモスを最初に狙ったのは、テムジンだった。
 彼の対物ライフルが、爆音と共に弾丸を射出して、大きな的に命中した。
 魔力を帯びた弾丸はしかし、金属音としか受け取れない甲高い音を響かせて、跳ね返ってしまう。
 魔将ベヒモス。その身を包む甲皮は、竜の鱗ほどではないにせよ、堅固であった。
「上等じゃん! やってやるんだぜ!」
「超絶美形パラディン、ビート・バイン参上!」
 ノシ、ノシと進む巨魁に、挑みかかる二人のパラディン、リン・ブレイズ(sf8868)とビート・バイン(sf5101)。
 リンとビートは、揃って己の背丈にも近いほどの巨大な剣を振り回し、切りかかっていった。
「‥‥‥‥ム」
 しかし、二人がそれぞれ渾身の力を込めた一撃も、ベヒモスは己の腕でしっかりと受け止める。
 いずれも激突音は金属めいていて、本当に生身かと疑いたくなる硬度であった。
「‥‥ム」
 ベヒモスが拳を振るう。その巨体からは想像できない身のこなしの巧みさである。
「ガッ‥‥!?」
 なんとか、装甲部分を増加している戦闘用のパラディン正装でビートは一撃を受け止めるものの、その衝撃は装甲に包まれた彼をなお傷つける威力を誇った。
 転がるビートを、ベヒモスは見下ろしていた。
 二人のパラディンの攻撃をものともせず、微動だにしないその様子は、彼を見る者に不沈艦という言葉を想起させた。
 ベヒモスがまだ体勢を立て直せていないビートの方に近寄って、彼の背中を踏みつけようと、足を振り上げる。

 ――神様、おねがい。

 そのとき、祈りは捧げられた。
「うおおおおお!」
 ベヒモスの踏み付けを、ビートは間一髪かわした。タイミングはまさにギリギリ、神の采配が働いたかのようであった。
 そう。それは実際に働いていた。神の奇跡は今、みたびの発現をもってビートを助けていた。
 一度目の発現は、セイディが敵の位置をなんとなく察知できたこと。
 二度目の発現は、隆人のアルケミーの効果が見事に成功したこと。
 祈りを捧げていたのはハルキュオネ・バジレア(sh3934)だった。彼女はじっと祈りを捧げ続け、仲間たちの無事を願った。
 願いは、ここにみたびの実現を果たし、彼女はそれを感じ取って、にこりと微笑んだ。
「‥‥‥‥ム」
 彼女の願った奇跡に、何かを感じたか、ノソリとベヒモスが彼女の方を向こうとする。
 幸運だったのは、その動きが、そのまま多くのSINNに背中を晒すことになったという事実。
 それは、ベヒモスがSINNをそもそも軽視していたがゆえの、きっと、本人も自覚していない驕りゆえだった。
「今だよ、みんなッ!」
 促したのは、オリヴィエ・ベル(sp7597)だった。
 彼はベヒモスを指差して、自ら大きく吼えると連携強化の魔法を成就。先んじて、義兄のアンリ・ラファイエット(sp6723)がナックルを手に躍りかかった。
「‥‥‥‥ム」
「デカブツめ!」
 獣化し、研ぎ澄まされたその素早さは、人を越えた速度での拳撃を可能とする。
 一撃の重さもさることながら、その手数こそが、格闘を主とするクレスニクの真骨頂であろう。
 狩りが始まった。
 獲物は、巨獣ベヒモス。その屈強に過ぎる腕を振り回し、自らに群がる小物共を薙ぎ払わんとする。
「がんばるよ」
 と、ユーチャリスが影から生み出した狼をベヒモスへとけしかければ、アークが魔将の周囲を飛び回り、撹乱に出た。
「‥‥‥‥ム」
 だがベヒモスはそれらに一切取り合わなかった。
 打たれても蹴られても、微動だにしない鉄塊の如きその体躯は、一個の在り方として極まったものの一つかもしれなかった。
 ベヒモスが、ウィリディシア・クレール(sj3049)へと手を伸ばそうとする。だがその手が彼女に届く前に、首から提げたCROSSを媒体とした不可視の結界が、壁となってベヒモスを遮った。
「残念だったわね」
 ウィリディシアは勝ち誇るように言うと、伸ばされた巨大な手に向かって鞭を振るった。
 鞭はその手に絡みつき、宿した魔力を発揮して、ベヒモスの身体を構成するキニスを解体し始める。
 ベヒモスの意識が鞭へと注がれたその刹那を、待ちわびていたようにして、鷹羽 叶望(sd3665)が引き絞っていた弓の弦から指を離した。
 鋭い音を立てて、魔力を伴った矢は巨体の胸に突き刺さる。
「‥‥ム――」
 初めて、グラリとその巨体が傾いだ。
「狼の前に、隙は見せるモンじゃねぇぜ!」
 飛び込んできたのは、鷹宮 奏一朗(sp8529)。
 アルゲントによって狼の獣人の姿を得ている彼が、数多の魔獣を殴り潰したその拳を、今度はベヒモスへと向けた。
「みんな、手伝って!」
 オリヴィエが指示を下す。彼の言葉に従って動いた数名は、それぞれが魔法の恩恵によって強い連携力を得る。
 例えば、リンとビートだ。
「リベンジじゃん!」
「ちょっと遅れてビート・バイン!」
 リンが重剣の力によって瞬間的に姿を消し、ベヒモスの腹部を横一線に切り裂けば、ビートは傾いだ巨体の死角より、全体重を乗せた刀身を全力で叩き付けた。
「‥‥‥‥ム」
 ベヒモスの一撃は、奏一朗が己を壁として遮った。
 身体に働く再生能力が、肉体のダメージを即座に修復していった。
「覚えておけ、悪魔野郎が!」
 グッと力を溜めた構えから、繰り出すのは渾身の一撃。その、ニ連撃。
「‥‥ム」
 放たれた拳はベヒモスの腹の下部を思い切り叩いて、奏一朗がツバをはき捨てる。
「クレスニク、それは衝動のままに敵を喰い尽くす真の獣の名だ!」
 ベヒモスの動きが止まる。明らかな隙。そこへ、周りを囲むSINN達が一斉に攻撃を集中させて――
「ベ、ベ、ベヒモス、お、オイ!」
 レヴィアタンが見ている前で、その巨体は傾ぐと、グズリと崩れて灰の山と成り果てた。
 ファルスビーストだったのだ。
「よ、よ、よく、よくも‥‥!」
 レヴィアタンが、地面を踏みしめる。何度も地団駄をして、滑走路のコンクリートに足跡がつくまで踏みつけて、
「こ、殺す、殺す! グ、グ、グチャグチャだ! グチャグチャに、してやるからな!」
 【海魔の頂】が遥かな殺気をその身から放ち、SINNへ向かって歩き出した。

●左翼:生者と死者
「オ、アア‥‥」
 数秒前、死者であったハーフブリードは起き上がり、緩慢な動きを見せて手を突き出した。
 火球が迸る。
 それは戦場に、もう何度目かになる爆発を起こした。
 生前と、全く遜色ない威力である。
「冗談じゃないわ!」
 炎を消し去るように、放たれた吹雪は蘇生半魔をなぎ倒し、ティファニー・エヴァーツ(sa1133)が火球に焼かれた仲間をサナティで癒した。
 だが吹雪に巻き込まれた蘇生半魔が、また立ち上がろうとする。
 それを標的に、クローディア・エヴァーツ(sa0076)が詠唱を開始していた。
「――我らに罪を犯す者をわれらが赦すごとく、我らの罪をもゆるしたまえ。我らを試みにあわせず、悪より救い出したまえ!」
 駄目で元々。そのつもりで成就した、魔法破りの魔法は、蘇生半魔に対して確かな効果を発揮した。
 ネビロスの悪魔魔法の効果が消失したらしく、それは死体に戻った。
「‥‥効いたのよー。でも――」
 手応えこそあったものの、蘇生した半魔は一体ではない。逆に死体が増えれば、それだけ蘇生魔法の恩恵を受けて起き上がってくる数は増えていくだろう。
 しかし、一度の成就で解呪できるのは死体一つまでだった。
 ネビロスの悪魔魔法は空間に作用するのではなく、範囲内の対象にそれぞれ個別に作用するタイプであるらしい。
「‥‥キニスを帯びているわけでもないんだね」
 蘇生半魔へ、浄化の魔法を試みたアビス・フォルイン(sa0959)が、息をつきつつクローディアの方へと歩いてきた。
「殴ったら、傷が再生してた。‥‥死ぬ前と同じ能力を持ってるね」
 屍鬼にするわけではなく、ネビロスの悪魔魔法は生前の能力を保ったまま、蘇生させる。厄介であった。
 この展開を生み出したネビロスは、右手に剣を提げながらも、自身は戦いに加わることなく、戦場に立っていた。
「余りに、おぞましい光景ですね」
 ネビロスに語りかける者がいる。ダニエル・ダントン(sa2712)であった。
 彼へと、アサルトライフルを向けるハーフブリードがいる。だが吐き出された弾丸を、ダントンはその手に構えた剣で全て受け止め、払い落とした。
 ダントンを見つめ、しかしネビロスは些かの動きも見せない。
「‥‥語る言葉もありますまい」
 ダントンは一言、そう告げるとネビロスへと切り込んでいった。
 その周囲では、黒の魔将が蘇らせた半魔以外にも、未だ存命する半魔と戦う者達もいる。
「――何故、こんなことをするんだ!」
「ハハハハハハハ! 分からないならカミサマにでも聞けばいいだろうがァ!」
 指揮官と思われるハーフブリードに呼びかけるダニエル・ベルトワーズ(sh5510)を、その半魔はただ嘲笑った。
「神を嘲りますか!」
 火球を放とうと半魔が突き出した腕を、下から上へ、日本刀が切り上げた。
「ギアアアア!?」
 激痛にのたうつ敵へ、オルフェオ・エゼキエーレ(si1323)が祈りを捧げた。
「神を信じる信じないは自由だ。でもこれ以上人間を殺めさせる訳にはいかない――」
「‥‥黙れよ!」
 告げるベルトワーズへ、半魔は、憎悪の目を向けていた。腕に負った傷はすでに再生によって消えている。
「傷の再生もできない愚物の分際でェェ!」
「ならばこれはどうだ?」
 女性の声。そして半魔の脇腹に矢が突き立った。
「グッ、だがァ‥‥!」
 ラミア・ドルゲ(sg8786)が射た矢を、その半魔は強引に引き抜く。
 激痛が生じるが、再生能力に任せていればすぐにでも痛みは消えるはずだった。
 だが再生は始まらなかった。
「なっ‥‥!?」
 傷からは血が溢れ出て、やがてそれは致死量に達し、ハーフブリードは倒れて動かなくなった。
「なんだ‥‥!」
 指揮官を襲った異常は、率いられていた敵兵たちの間にも動揺を走らせた。
 そこにさらに四発ものロケット弾が飛び込んできたのだ。彼らの統制は、もはやほぼ意味を失っていた。
「わた〜しは木〜を切る〜♪」
 弾頭を全て撃ち尽くし、軽くなった傾向ロケット弾を地面に落とし、鼻歌を歌いながら碇矢 未来(sp5129)は刀を鞘から引き抜いた。
「傷が塞がる前に――!」
 鷹羽 歩夢(sj1664)が、一気に突っ込んで敵の懐へと入った。
 長い武器は使えないくらいの密着状態から、氷の結晶を纏ったナックルでの四連打。
 傷が塞がる頃には、そのハーフブリードの身体は完全に凍結し、動けなくなっていた。
「クッ‥‥、一旦‥‥!」
 自身の不利を悟ったそのイクスプロジアが、撤退しようと後退する。
 だがその背中が、何かにぶつかった。振り向いても、そこには誰もいない。
「いるぜ?」
 いきなり、キツネの獣人がそこに姿を現した。
 魔法によって姿を消していたルナール・シュヴァリエ(sp6369)が、ポケットに手を突っ込んだまま、繰り出すのは蹴りの八連打。
 しかもその靴に装着している格闘武具には、魔法によって毒と変じた彼の血が塗られていて、半魔の再生能力を完全に封じていた。
 ラミアが放った矢に塗られていたのも、彼の血だ。
 再生能力は、ハーフブリードが備える能力の中でも特に戦力として大きなものだ。
 しかしそれを封じるものを、SINN達は有していた。
 再生を封じる剣がある。
 再生を封じる魔法がある。
 それらを使って、SINN達は、ハーフブリードの部隊を追い詰めていく。
「一刻も早く――」
「異端に死を‥‥!」
 九面 あずみ(sn7507)が大鉈で、有栖川 彼方(sp2815)がアサルトライフルで、それぞれ断罪を行なった。
 倒れた二人が、最後のハーフブリード。パラディン達の、決意をもった行動の前に、人外となり果てた者達は今、潰えた。
「だがそれも、一局面に過ぎない」
 ネビロスだった。
 彼の悪魔魔法が、倒れ、死した半魔達を命なき傀儡として蘇らせる。その瞳は、揃って濁り、澱んでいた。
「‥‥キリがありませんね」
 呟くベルトワーズに、ネビロスはその鉄面皮を動かすことなく、
「個々の力は、なるほど、貴様らの方が上かもしれない。だがそれだけが強さではない」
 その言葉には、誇りが感じられた。
 人の命を弄ぶ死霊の軍勢。その在り方を、この魔将は自らの力として、誇っているのだ。
 だがだからこそ、それを聞いていたルナールは、彼の物言いに反発せずにいられなかった。
「つまり、だ――」
 口にくわえた煙草に火をつけて、彼は紫煙をくゆらせながら、

「生き返ったヤツは、もう、人間じゃねぇ、ってことだよな」

 その言葉の意味を、SINN達はすぐさま理解した。
「そうか、つまりは――」
 蘇生半魔の群れを、蜥蜴の獣人、イーゴリ・トルストイ(sq0700)の重力波の息がなぎ倒した。
 その威力は、蘇生半魔の肉体を圧し潰し、砕け散らせた。それが生前であれば、断罪許可なしに人を殺めたとして、問題になったことだろう。
 だがそうではないのだ。今、イーゴリが薙ぎ払ったそれは、すでに人の形をしているだけの、人ではないモノなのだ。
「――死者で遊ぶな、悪魔が」
 その意志に怒りを燃やし、彼の号令を受けたSINN達が、もはや軍としての統制も失った蘇生半魔の群れへと、連携を重ねて攻めにかかる。
 大きかったのは、イーゴリが使ったヴェナティウルであった。
 連携力を高めるこの魔法は、指揮に関する知識を持った彼が使えば、その恩恵をさらに高めることができる。
 戦士としての戦い、軍勢としての戦い、その両面に於いて、【巨木の軍勢】の敗北が見え始めていた。
 だが――
「立ちなさい、私のいとし児たち」
 凛とした声と共に、世界は切り取られた。
 ネビロスが守るさらにその後ろ、左翼の最奥にて、高く槍を掲げて、彼女は魔の軍勢に呼びかける。
 【巨木の頂】アスタロト。
 左翼の戦いは、佳境へと突入する。

●中央:最前線を突き抜けて
「マリアさん‥‥」
 それは、今まさに、マリアが協力者達と共にドラコルブルムが鎮座する戦場へと向かおうとしていた、そのときだった。
「シャーロット、それに‥‥」
 彼女を呼び止めたのは、シャーロット・エルフィン(si6767)。
 そして少し遅れて、軽快な足取りで続くように、アントーニオ・インザーギ(sa5938)もやってくる。
「どうしたの、二人とも?」
「これを‥‥」
 シャーロットが差し出してきたのは、銀色の林檎だった。
 表面の光沢は滑らか、金属ではなく、本当の果実のような瑞々しさがあった。
「俺からはコイツさ」
 アントーニオからは、真っ白い野球ボール。
 どちらも錬成された品であることに疑いはないが、マリアは二つの品に目を落としてのち、二人を見る。
「アリアさんに‥‥、会いに‥‥、行くんでしょう‥‥?」
「アリアと話したいだろう。その手伝いさ」
 託された品から、心遣いが溢れてくるような気がして、マリアは思わず、二人を抱きしめるように、二つのアイテムを抱擁する。
「‥‥ありがとう」
「マリアさん、そろそろいいかな?」
 彼女が、重ねて礼を言おうとしたところで、アルフォンス・ヴィヴィエ(sf9647)が口を差し込んできた。
 時間が来たようだった。
 頑張って。
 その一言が、シャーロットとアントーニオの、マリアを見送る言葉。それだけで、マリアの心に力が注がれたような気がした。
「――神よ」
 アルフォンスが、神に祈りを捧げていた。
 後方には、すでにエンジンがあったまっている車が二台に、単車が一台。
 彼らとマリアが参加する、聖女奪還作戦の主要メンツである。
「短期決戦だよ。いいね?」
「分かっている。全力で臨むまでだ」
「そーそー、持てる力の限りを尽くすってヤツだぜ」
 アルフォンスの言葉に、煌 宵蓮(sa0253)とギィ・ラグランジュ(sf9609)がそれぞれ返す。
「マリアさん、それにお二人とも、こちらに。そろそろ出ますわ」
 促したのは、フリージア 李(so6182)だった。
 運転席には最も優れた操縦技術を持つアドリアン・メルクーシン(sb5618)がすでに乗り込んでいる。
「面倒なことだが、そりゃもういつものことか」
 吸っていた煙草を踏み消して、ガブリエル・オリヴェイラ(sa0293)が何やら液体の入ったフラスコに口をつける。
 彼のミニバンに同乗する予定のアルベルトが、「もしかして飲酒運転?」と顔を青くしていた。
「こちらの準備は万端だ」
 ディミトリエ・シルヴェストリ(sb9264)は単車のグリップを握り締め、その後部座席には、ジョルジェ・フロレスク(sp6083)がスタンバイしていた。
「状況は、ユビキタスが常に見守ってる。指示は、僕が出す、だから――」
「うん‥‥」
 アルフォンスの説明を聞き終えて、マリアは一直線に戦場を眺めた。
「――行こう」

「滅しろッ!」
 トウマ・アンダーソン(sn7273)の叫びが、戦場に遠くこだまする。
 浮遊の魔法を成就し、宙を翔ける彼の刃が幾度も幾度も、赤い竜の鱗に叩きつけられて、
「人はッ! 世界はッ! お前達による破滅や新世界なんて望んでいないッ!」
 刃に灯る、魔力の光。それは鱗の力によって吹き散っては灯り、また叩きつけられて、ドラコルブルムの表皮に幾つもく傷をつけていた。
「こ、い、つ、でェェェ!」
 竜の足元より、その喉元めがけて、ジョニーが手にした槍を投擲する。
 その槍は北欧神槍。
 神話に名を残す、現代に蘇ったグングニル――ではあったが、
「ダメかよ!」
 全力をもってしての投擲も、竜の鱗は弾き飛ばす。
 げに忌々しきは、その身を包む赤き壁。普通のディアボルスであれば充分に滅びを与えているであろうだけのSINNの尽力を、まるで嘲笑うかのようにして徒労に帰してゆく。
 ――ならば、攻め方を変える。
 ドラコルブルムと相対するうちの何人かが、ほぼ同時に、その思考を表層に浮かべた。
 人の身。されど歴戦。つわもの達がとる選択肢は、一本道に終わらない。
「そーれ、冷えちゃいな!
 ニア・ルーラ(sa1439)が、竜に向かって手榴弾を投げつけた。
 それはレティシアが手にしたものと同じくアルケミーを経た品で、炸裂すれば、撒き散らされるのは白い霧。触れた部分が、休息に冷えて凍てついていく。
「竜に挑むか。まるで聖戦‥‥。だが、やることは何も変わらない!」
 御剣 キョウ(sp0401)が、高ぶりを胸に、構えた拳銃を滑らかに三連射。
 音もなく撃ち放たれた弾丸はほぼ竜の鱗と皮膚によって受け止められてしまうものの、威力自体は、さほど重視はしていない。
 弾丸に込められていた氷の魔力がドラコルブルムの表皮より体内へと浸透し、ピシリと小さく音を立てさせた。
 全ての攻撃が、正しく効果を発揮するわけではない。
 SINNがそうであるように、この竜とて強い抵抗の力を備えている。それを貫き、巨体を凍らせるのは、並大抵のことではない。
 されど彼らは連携する。
 重ねた上に重ねられた攻撃は、徐々に、そして確実に、竜の動きを鈍らせていた。
 そこへ――突っ込むように走りこんでくる車と車と単車の三台。
 今まさに赤い竜へと切り込もうとしていた東雲 凪(sb4946)が、その一台に乗っているマリアの姿を認めて、アリアを探しているのだと直感した。
 直後に浮かんだのは、家族である双子の姉妹の姿。彼は、
「世界の終わりは、まだ現実させるわけにはいかないな」
 頷き、決意を秘めて、竜へと刃を振るうのだった。

 アリアが見つからない。
 それが、聖女奪還作戦の前に立ちはだかった最初の壁だった。
「‥‥まだ、見つかっていないらしい」
 アルフォンスから連絡を受けた宵蓮の声には、かすかな焦りが滲んでいた。
 車はグルリと、竜の巨体を巡るように走っているものの、その周辺にいると思われていたアリアは、まだ影も形も見えていない。
 代わりにこちらへと迫ってくるのが、魔獣と、武装したハーフブリードの群れである。
「あんたらに用はないんだよ」
 進路上、アサルトライフルを構えようとするハーフブリードめがけ、ガブリエルはミニバンのアクセルを思い切り踏み込んだ。
 ハーフブリードはその身に魔力を纏わせ、単純な物理力を遮断することができるため、無駄な足掻きと高を括っていたのだろう。
 轢かれた瞬間、身体がひしゃげ潰れる感覚を覚えた彼が果たしていかなる顔をしていたか、ガブリエルに確かめるすべはないし、興味もない。
「いやー、マギアって便利だねー」
 ただそう言って、彼はマギアを成就してくれたフリージアへ感謝しつつ、酒を呷るのだった。
 一方、アドリアンが駆る4WDの車中、マリアは、シャーロットから受け取った白銀の林檎をかじっていた。
 彼女は言った。それは導きの果実だと。
 思い描いた相手と心を繋げ、秘めたる思いを分け合うことができるのだ、と。
 林檎をかじった瞬間に、マリアの脳裏に、弾けるようにして情景が思い浮かんだ。それはきっと、アリアが見ている光景。
 今まさに、彼女は彼女と繋がったのだ。
「ありがとう、シャーロット‥‥!」
 マリアが告げる。アリアの居場所、アドリアンは頷いて、ハンドルを鋭く切り返した。
 だが阻む。敵が、幾重にも壁を作るようにして、彼らの道行きを塞ごうとしてくる。
「行くか」
「行くぜ!」
 後部座席の両脇で、マリアを挟むようにして座っていたギィと宵蓮が、走行中であるにも関わらず車外に飛び出した。
 宵蓮の振るった刀が、ハーフブリードの腕を断ち、その傷口を凍てつかせれば、武器を構えたギィは、駆ける魔獣スレイプニルへと巨剣を叩きつけ、成就したグラビィタが炸裂。
 馬型の魔獣の首がごっそりと抉れて、血肉はキニスに還っていった。
「ラグランジュの名にかけて、この一戦、取りに行かせてもらう!」
「見敵必殺。今はただ、彼女の手助けをさせてもらおう」
 二人のパラディンが背を預けあって、敵の追撃を阻む壁をそこに作っていた。

 ――轟き渡るは赤竜の咆哮。
 アリアを目指す奪還部隊の前に最後に立ちはだかったのは、やはりというべきか、ドラコルブルムだった。
「邪魔を、してくれる!」
「通らせてもらおうか」
 ディミトリエが単車で先行、クロスボウで矢を放つも通らず、ジョルジェが獣化して手数を多く殴りかかるも、やはりそれが痛打に至る様子は見られない。
 その身の半ばまでをも氷結していようと、竜はやはり堅固であった。
 壁。
 これ以上ない、高い壁である。
 だが、ゆえに奮う者もいる。
「おまえ如きに、マリア君の邪魔はさせない!」
 陸奥 政宗(sa0958)が、手にした聖剣でドラコルブルムへと斬りかかる。
 その刃は、魔神の身すら容易く断つ力を持つものの、しかし残念なるかな、この竜の身は魔王のそれに極めて近い。
 刃は鱗を切り裂きはしたものの、聖剣の効果は、発揮されずに終わってしまう。
 されど竜に傷を負わせたことに違いはなく、続けてアウグスト・ソウザ(sa2367)が、車で通り過ぎ行くマリアを横目に、再生封じの魔剣を竜へ突き刺した。
 炸裂する、火の魔力。パラディンが誇る一撃の威力は、竜の表皮を陥没させるほどの威力を見せる。
「蛇はどうにも好きになれなくてな」
 皮肉めいた言葉をこぼし、彼はマリアを見送った。
 ドラコルブルムの絶叫は強い怒りにまみれていた。その怒り、竜は目の前をちらつく酒匂 博信(sh4156)へぶつけようとした。
 好都合であった。
「そーそー、こっちに来てればいいんだよ」
 屈強な赤い足からの一撃を、彼はその身で受け止める。それは自らを囮とする、半ば捨て身の戦術だ。
「だからこそ、ハマったときのリターンはでかいんだな、コレが」
「そういうことだ!」
 ここまでの道筋を立てたのは、ハーケン・カイザー(sc1052)、そして、神代 翼(sb3007)。
 赤竜が噴き出さんとする炎のブレスを、翼が生み出した気流が吹き散らす。開いた大口へと向けて、ハーケンがクロスボウの矢に乗せて、とっておきの凍結弾頭を発射した。
 口の中に鱗はなく、そしてこれまでにSINN達が負わせた傷が、竜の抵抗力を著しく削っていた。
 赤竜が凍る。凍って、その動きを鈍らせる。
「生きて帰るんだ。マリアも、アリアも。だから――」
 アリアを目指す4WDへと、翼が叫んだ。
「行けェェェェェェェ!」

●市街:蠢く大怪物
 この戦いを撮影し、その動画や画像をネット上へと流出させること。
 敵方の動きとして、それを予測していた者は、一人ではなかった。
 少なくとも、サラ・オブライエン(so7648)は、それについて考えていたし、警戒もしていた。
 しかし彼女が空港内の戦いにおいて、主に注目していたのは【巨木の軍勢】であり、そちらに意識を向けすぎていた、ということもあった。
 彼女の狙いは、外れてはいなかった。
 しかし敵方が動いたのはそちらではなく――
「‥‥見つけた」
「そちらでしたか‥‥」
 空港近くの、とある企業の建物の中、持ち込んだ端末から、マシンダイブによってネットワークを監視していたジュラルディン・ブルフォード(sn9010)が、ついにそれを発見した。
 ケープタウンではなく、近郊からアクセスしている形跡がある。
 それはおそらく、異端のハッカーの手によるものだろう。
 監視カメラのものと思われる映像。
 そこに映っている黒い霧と――赤い竜。
 他の戦いの様子を映したものもあったが、最もインパクトが大きいのは間違いなく、この竜の画像だ。
「なんで、こんなものが‥‥。ディアボルスは、電子機器では捉えられないはずでは‥‥?」
「きっと、黒い霧の中だからだ」
 サラの疑問に、ジュラルディンはそう返す。
 他のカメラの映像を見る限り、【海魔の軍勢】の方はカメラに映っていない。
 違いは、黒い霧の濃さである。それが原因であろうことは、容易に推測できた。
 敵方のハッカーが今まさにネットの海原へ放出させようとしていた画像は、それだけではない。
 パラディンが兵士を断罪する姿。クレスニクの獣人化した姿なども、ハッキリとカメラは捉えていた。
「‥‥正直、無駄足で終わって欲しかったが」
 ジュラルディンはマシンダイブを再び成就、その意識をネットワークに侵入させると、サラと協力して監視カメラのコンロトールを奪い返し、画像の全てを消去した。
 敵方は所詮、技術しか持たないハッカーである。魔法の力の前には、なすすべもない。
 かくして誰も知らない戦いに、SINNは勝利した。
 しかしこの勝利は、或いは今回の戦いの中でも、特筆すべき勝利であったのかもしれない。
 もし、これらの画像が流出していたならば、そして、それを敵が活用していたならば――
 ルークス市国は、ディアボルスとは全く別の大いなる怪物と相対するハメになっていただろう。
 その怪物の名は、国家。
 ルークス市国の信頼が失墜し、国家が彼らへと背を向ければ、人類の行く先には暗雲が立ち込めていたはずだ。
 かつて、17世紀に存在した哲学者トマス・ホッブスは、「リヴァイアサン」という著書の中で、国家とは人の世の中で最も恐るべき怪物であると記した。
 ジュラルディンの警戒こそ、この大いなる怪物との対立を未然に防ぐに到った、大きな要因であった。
 そして――濃い霧の中ならば、ディアボルスは電子機器にも投影される。
 彼女が得たこの情報の価値は、大きい。

●左翼:黒曜の女神を砕け
 この時点で、すでに分かっている者達は分かっていた。
 ファルスビースト。
 今、この場にいるネビロスとアスタロトは、それぞれ本体ではない。本体が作り出した分身体だ。
 彼らが本体であったなら、ネビロスが蘇らせるものは半魔どころでは済まないだろうし、アスタロトは存在するだけで、SINN達の勝ち目はなくなっていたかもしれない。
「我らをファルスと侮るか」
 SINN達の眼差しより、それを見透かすようにネビロスは――ファルスネビロスは言う。
 この場は、アスタロト――ファルスアスタロトが作り出した魔なる結界。ここでは、神に仇なすもの全てが、さらなる力を得る。
「この‥‥!」
 あずみが、近くにいた蘇生半魔へと攻撃を仕掛けた。
 彼女はイーゴリの魔法の効果によって、その動きの鋭さを増している。にも関わらず、振るった武器はあえなく空を切った。
 蘇生半魔の俊敏さ、動きの正確性が、明らかに強化されていた。これが、アスタロトの魔結界がもたらす力だ。
 ヴェルンハルト・ラヴィーネ(sp3868)が、クローディアがそうしたように、蘇生半魔に働いている悪魔魔法の効果を解除しようとする。
 だが、それは叶わなかった。何が悪かったのか、蘇生半魔は、何ごともなかったかのように、彼へと殴りかかってきた。
 ヴェルンハルトが拳銃でソレを牽制し、なんとか回避した。ギリギリだった。
「ファルスならば楽に勝てると思ったか? 愚かな。我らは軍勢なのだよ」
 死者の軍勢を率いて、将は、自らが神の愚息と罵る人々を見下ろしていた。
 アスタロトもまた、手にした槍をSINNへとかざし、その口を開いた。
「戦いの果てにお眠りなさい。あなた達の命は、我らが新たな世界の礎としましょう」
「この黒い霧を、どうにかしてくれる気は、ないんだね‥‥?」
 レオン・ブラットショー(sn7285)が、アスタロトに問う。期待はしていなくても、真意を知りたい気持ちは強かった。
「――これは『罪』。人よ、貴方達がこれまで重ねてきた、そして世界に積み上げてきた、『罪』そのもの」
「‥‥何を、言いたいんだよ」
「滅ぶこと。それ以外に、この『罪』は雪げない」
「ああ、そう‥‥」
 槍を構えたアスタロトと、レオンは短剣を構えて対峙して、
「いっただきィ!」
 割り込んできた声は、狼牙 隼人(sa8584)のもの。
 アスタロトの背後に突然現れた彼は、己にすっかり馴染んだその奇襲戦法によって、相手に反応をさせることなく、背後より――
「ウハッ、極上!」

 アスタロトの乳を思う様に揉み倒しやがった。

「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
 上から、
 どうしていいか分からないレオン。
 自分の上官の乳が揉み倒されているのを見て鉄面皮のネビロス。
 そして、好きに揉ませながらも肩越しに彼の方へ振り向いて、慈愛に満ちた笑みを浮かべる、アスタロト。
「しょうのない子ですね」
「‥‥動じない、だと!?」
 隼人はそのとき、言い様のない戦慄に襲われた。彼女の赦しの笑みに、自分の所業の全てが否定されたような気になって。
「アスタロト、恐ろしい相手だぜ‥‥!」
 予め、魔法によって肉体を加速させていた隼人は、その場から飛び退いてアスタロトと距離を空けた。
「肉欲もまた、まごうことなき人の感情。私はそれを否やとは言いませんよ」
「‥‥くっ、なんて母性だ!」
 追い詰められる隼人を見て、ネビロスの方は、むしろ呆れたように彼を見下す。
「小僧が」
 そのとき、彼の意識は確かに、隼人の方に向いていた。
 精気感知があって、周囲のホスティアを全て感じ取ることができるとしても、意識が向いていないならば、それは、隙だった。
 唐突に、破裂音は響いて。
「――――ッ!」
 自らを襲った衝撃に、ネビロスの鉄面皮が揺らぐ。
 背後からと思われる強烈な一撃。だが振り向いても、そこに誰かの姿はなく、そうして、敵を探している間にも、第二撃は放たれていた。
 それは強烈な重力波だった。一撃を受けるたび、ネビロスの身体が引っ張られるようにして傾ぐ。
「ぐぅ‥‥」
 呻く彼の耳が確かにそのとき、聞いた。
 ――魔将ネビロス!
 叫ぶ、その声を。
「‥‥地中か!」
 気づいた彼を、土をすり抜けてきた光の矢が撃ち抜いた。
 重力波も、光の矢も、放ったのはライラ・ルシュディー(sb2519)。
 天使の環の力を得て地中へと潜り、魔法によって空港の敷地内に茂る雑草の根から地上の情報を得ていた彼女のネビロスへの奇襲は、見事に成功していた。
「ありったけを、喰らってもらおうか!」
「くだらぬ手をォォォォ!」
 ネビロスが、苛立ち紛れに邪剣を地面へと突き立てんとする。
「くだらない手を使っているのは、あなた方もでしょう!」
 決然と、須経 蘭華(sb0118)がネビロスの怒号へ真っ向から叫び返す。
 アスタロトは静かに、彼女を見据えて、
「抗う意志を持っても、人の子にできることは限られている。そうではありませんか?」
「簡単に決め付けないでください!」
 彼女の腕が掴んでいるのは、槍。友の手によってこの世に再現された伝承武具の、その一つ。
 そしてそれは、蘭華にとっては、決して偽ることのできない象徴でもある。
「見なさい!」
 彼女は槍を掲げた。その柄には、大きな旗が括りつけられている。
 時計草の紋章。
 ルークス市国の国章である。
「この旗がある限り神は我々と共にあります! この旗がある限り、人の世に、終わりは来ないのです!」
「そうですか――ならば」
 アスタロトもまた、槍を掲げる。
 漆黒を身に帯びて、死者の軍勢を率いる黒曜の女神。
 白銀を身に纏い、神への祈りを奉じる聖印の女騎士。
 奇しくも二人は同じようにそれぞれの刃で天を衝いて、そして、己が陣営の戦士たちに檄を飛ばした。

「さぁ、私のいとし児達。永遠の休息を、無尽の安らぎを、彼らにも分け与えてあげなさい」
 と、アスタロトは死者の軍勢を送り出し、

「さぁ、神が愛し我々が愛するこの世界を護る為、皆さん行きましょう!」
 と、蘭華が神の軍勢を鼓舞する。

 白と黒。旗印と号令に、両軍は大きく動き、

 オオオ、オオオ、オオオオオオオオ――!

 女神が作りし魔の空間に、響き渡ったのはSINN達の雄叫びであった。
 蘭華が掲げた旗は、彼女を認める者に3秒間だけ力を与える。
 短い時間である。精々、通常ならば一挙動が精一杯でしかないだろう。
 だが神を奉じる戦士たちにとって、それは――充分すぎた。
「俺のオンナは最高だろ?」
 ネビロスの懐に飛び込んでいた隼人が、今こそカルマの成就と共に、鞘から抜いたエクスカリバーで敵将を貫いた。
 彼は剣に魔力を注いで、ネビロスの時間を止めようとする。それが叶えば、チェックメイト。勝利は確定するだろう。
「あまり侮ってくれるな?」
 だがネビロスは抗った。きわめて強い伝承武具の効果を、その意志で跳ね除ける。
 隼人は憎々しげに舌を打つ。失敗するとは、正直、思っていなかった。
 今度はネビロスが、邪剣を構えようとする。
「愚か者め、こちらを忘れたか」
 隼人の攻撃は、成功こそしなかったものの、ネビロスの意識を逸らすのには充分な役割を果たしていた。
 ライラが、サギッタリアの魔法を連発する。放たれた光の矢は、術者の指定に従ってネビロスへと直撃し、その威力は、魔将の分身を倒しきるには充分だった。
「――足掻くものだ」
 それが、黒の将の最後の言葉だった。灰と崩れて、その身は程なく、風の中に消え果てていった。
 蘇生半魔を除けば、そこに残っているのはアスタロトのみとなる。
「‥‥安息を、受け入れはしないというのですね」
 槍を隙なく構えた魔王の分身へ、応えるのはやはり、蘭華であった。
「受け入れませんとも。当たり前でしょう? 世界が終わる予定は、当分先なんですから」
 旗を外し、蘭華も槍をその手に携えた。
 戦いの趨勢はもはや定まっていた。【巨木の軍勢】に、もう逆転の目は残されていない。
「ならば、抗ってみなさい。今この場へと迫り来る滅びに」
「ええ、そうしますとも!」
 蘭華が投擲した槍が、アスタロトの胸を貫く。それを合図にして、周囲のSINN達が魔王の分身へと攻撃を集中させ、アスタロトもまた、灰となったのだった。
 残るは、数も多くはない蘇生半魔のみだった。無論、コレに負けるような彼らでも、彼女らでもなく――
「私たちの、勝ちです」
 火球に焼かれた大地の上に立って、蘭華が最後にもう一度だけ、槍を掲げる。
 旗はないけれど、彼女の言葉に、傷つき疲弊したSINN達は、揃って喝采を挙げた。
 ――あとは、隼人をシメるだけだ。
 そう安堵していた蘭華であったが、彼女たちは直後に知る。
 その場を襲った大地震と共に、アスタロトが口にしていた、「今この場へと迫り来る滅び」。その意味を。
 ゆっくりと休めるまで、まだ少しだけ、時間がかかりそうだった。

●右翼:嘆きの海魔
 魔獣の群れだけでは、戦線を維持することは不可能だった。
 群れようとも、相手は歴戦のSINN達である。ディアボルスへの戦術は、各々が十分に心得ているところだった。
「はぁ‥‥」
 ノーラ・ローゼンハイン(so6720)は物憂げにため息をつくと、パチンと指を鳴らして魔法を成就した。
 敵陣へと突っ込んでいった三体のパペットが、ほぼ同時に魔力を伴った爆発を起こし、範囲内にいた魔獣数体を消し飛ばして霧に変える。
「こんなんじゃ、ちょっとね‥‥」
 燃え尽きる程の灼熱を、己の空白を満たす興奮を求めてやまない彼女にとって、こたびの戦いはそれだけの熱量はなかったようだ。
 或いは、彼女が魔獣ではなく、今、同じ瞬間に始まろうとしている魔将との戦いに身を委ねていたならば、感じるものもあったのかもしれないが。
 ――そう、戦いは、今まさに、始まろうとしていた。

「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
 場を満たす絶叫は、全てが怒りの色に染まっていた。
「‥‥うるさいなぁ、全く」
 絶叫迸らせるレヴィアタンへと、デミル・ウルゴスティア(sd9633)が抱きついて捕えようとする。
 だが絶叫は、ピタリと止んだ。代わりに、ただでさえ濃厚な殺気が、さらに大きく膨れ上がって。
 それは、対峙する者達に、何かが起きる。という確信を抱かせるに十分だった。
「魔結界、来ますよ!」
 烏ツ木 保介(sd0147)が叫んだ。
 この魔王と対峙した時から、彼はそれを警戒していた。
 そして瞬きは走って、世界は魔の領域へと切り替わる。
 現実世界においては刹那にも満たないこの瞬間、しかし、ローレムの結界に包まれていたデミルは、魔結界に取り込まれることはなかった。
 魔結界内、そこは、景色こそ現実空間と何も変わらないが、しかしレヴィアタンの創りだした空間であり、SINN達が持つ魔法の力を全て封じ込める地獄でもある。
「な、嬲り殺して、やる! お、おまえら、魔法使えない、おまえら、なんぞ‥‥!」
 SINN達を指さして、レヴィアタンは笑った。それは正確には分身、ファルスレヴィアタンである。
 保介は最初から、この可能性を見越していたのだった。
「殺してやる。こ、殺して、殺して‥‥!」
 嘲り、SINNをいたぶりつくすことを想像しているレヴィアタンへと、癒槻 サルヴァトーレ(sc5529)がいきなり剣を構えて突っ込んでいった。
「――願わくは、聖父と聖子と聖霊とに栄えあらんことを」
 彼が口にした詠唱を聞いて、レヴィアタンは笑みを深めると、
「無駄、む、無駄、無駄、無駄ァァ!」
 自らの持つ悪魔魔法を成就。己の拳に力を伴った光を宿らせた。
 そして繰り出した拳は、一撃でサルヴァトーレの肉体を損傷せしめる――はずだった。
「‥‥なッ?」
 小さな、驚きの声。殴った手ごたえがあまりに弱い。いや、硬い、のか。
「魔法が‥‥、なんだと?」
 告げるサルヴァトーレの額に輝く、CROSSの聖痕。今、彼の肉体は聖別されて、悪魔に対する守りの力が高まっていた。
 それはまぎれもなく、魔法の効果によるものだった。
「なんでッ、な、なん、なな! なんで、だ!?」
 己の力に絶対の自信を持っていたのだろう。レヴィアタンの狼狽ぶりは、それは激しいものだった。
 しかし、保介と、そしてエルマ・グラナーテ(sj0377)は、そんな【海魔の頂】を醒めた目で見つめて、
「おまえのことは、よく知ってる」
「まぁ、セオリーだわな」
 魔結界が効果を発揮する寸前、二人が成就したのはカルマ魔法。感情を力の源として、魔の領域の作用を撥ね退ける魔法であった。
 その効果は、術者本人を中心として、一定の範囲内にいる全ての仲間にも及ぶ。
 保介の呼びかけは、その成就を促すものだったのだ。
「グ、おま、えら! おまえらは、い、いつも、邪魔、邪魔しやがって! 邪魔、邪魔、邪魔ァァァァァ!」
「おまえは、おまえ達は、何なんだ?」
 保介が、かねてよりの疑問を口にする。
「おまえの力は知っている。だが考え方がさっぱりだ。人を虫ケラのように殺したと思えば、問いかけるような真似もする。神にでもなるつもりか?」
「か、神‥‥」
 レヴィアタンが、その言葉に反応した。
「か、神、かみになる、神になる、だと? ち、ちが‥‥! おまえ、おまええええええ! おまえらなんかに、な、何が分かる、わ、私は、私『達』が――」

「私達が、神だったんだぞ!」

「なんだと‥‥?」
 聞き捨てならないことを、聞いた気がした。
「わ、私達が造った世界だぞ、私達が育んだ世界だぞ、私は、わ、私達が、私達の世界なのに、なんで、な、なんでおまえらみたいのがはびこってンだよォォォォォォ!」
 だがレヴィアタンの激昂はさらにどこまでも高ぶって、
「‥‥アリアは何で裏切ったんだよ」
「ハハ、ハハ! ア、アリア? アリア、あの小娘、死にに来ただけだ! ば、馬鹿なヤツ! ル、ルークス・クライストの真似ごとなんて、クソみたいな、ヤツ! 人間なんて、全部、死ぬんだ! なのに!」
 そこまでだった。もはや、対峙する【海魔の頂】に会話をするだけの判断力は残っているようにも見えない。
 あわよくば、ここで得られるだけの情報を得ようと考えていたエルマも、「だめだこりゃ」と肩をすくめて、銃を構えた。
 成就したカルマ魔法の効果時間も、無限ではない。
 この戦闘には、速攻が求められた。
「効くか?」
 自問しつつ、カーク・ルッフォ(sc5283)が撃ったライフル弾が、レヴィアタンに命中。しかしこれは魔将の甲皮に弾かれて、効果を成さなかった。
 逆にレヴィアタンが咆哮を迸らせながら、SINN達へと襲いかかってくる。
「くぅ‥‥!?」」
 その咆哮に意識をやられ、村正 刀(sf6896)が恐怖にその身を竦ませてしまう。レヴィアタンの狙いが、彼女へと向いた。
「下がれ!」
 共に組んでいたアシェン・カイザー(sd3874)が刀を下がらせると、彼女は詠唱を開始。魔法を成就した。
「――汝の名によりて多くの能力ある業を為しにあらずや!」
 額に浮かぶ荊の聖痕。かざした手から伸びた光の荊がレヴィアタンに絡みつこうとする。
「グガアアアアアアアアアア!」
 理性なき叫びで空気を震わせて、レヴィアタンは無理矢理にその荊を引きちぎった。抵抗されてしまったのだ。
 レヴィアタンが突っ込んで、刀を殴りつける。岩をも砕くその拳。刀の身体が、見る見るうちにボロボロに成り果てて。
「さ、させない‥‥!」
 傷を癒したのは、三輪山 珠里(sb3536)だった。
 彼女は、そして、珠里のカルマの加護を受けていた刀は、この瞬間を待っていた。
 レヴィアタンが絶対に逃げられないほど接近している、この機を。
「グウウウウウウウウウウ!?」
 唸るレヴィアタンが拳を掲げて、刀は両手を重ねて祈り、拳が叩きつけられる直前に、刀が戴く青白い堕天使の環が瞬いて、世界はさらに隔たれた。
「‥‥見え、た!」
 刀が、レヴィアタンの拳をかわしていた。
 この空間の中にあって、抗いきれなかったディアボルスは、その力を大きく殺がれてしまう。それが堕天使の環の力。
 ただ、珠里の成就したカルマの力があったればこその、計略ではあったっが。
「グ、ググ、ゥ‥‥! グゥゥ!」
 レヴィアタンは、己の身体が思い通り動かないことに気づいていた。
 そして周りには彼女を囲むように、SINNが集まってきている。
「終わりだな」
 保介が宣言した。
 彼が成就したカルマの効果は、数分程度しか続かない。しかし、まだその半分も、過ぎていなかった。
「終わり‥‥」
 レヴィアタンは周りを見渡した。
 ベヒモスは倒れ、引き連れてきた魔獣の群れも、全てが浄化されるか霧と散ったかのどちらかで、そこには、覆しようのない結果だけが横たわっているようだった。
「逃げても隠れても無駄だ。おまえの負けだよ」
 保介が告げる。彼はキニス満ちるこの空間の中でも、魔法によってレヴィアタンの存在を感知できる。逃げ道は、なかった。
「ハハ、負け、ま、負け、か‥‥! ハハ、ハハ、ッハハハ!」
 それまでの激昂が嘘のように消えて、レヴィアタンは瞳を大きく見開いたまま、その口から虚ろな笑いをこぼし始めた。
 天を見上げ、笑いだけを重ねているその様は、ここまで追い込んでなお、不気味さを醸し出している。
「結局、何がしたかったんだよ、おまえ」
 エルマが問う。いつでも相手を撃ち抜けるよう、予備弾を装填して。
「‥‥じ、時間――」
「時間‥‥?」
「時間、時間、じ、時間を、か、稼いだ。ハハ、も、もういい、いいよ、こ、殺せ、滅ぼせ、ハハハハ!」
 レヴィアタンの笑い声に、熱が籠もってきた。
「い、今、生きてても、お、おまえらは、もうすぐ、し、死ぬんだ‥‥! 私の、ほ、本当の私の力で、も、もう、目覚める。止められない、と、止められるもんか‥‥!」
「本当のおまえ、だと‥‥?」
「か、神め‥‥! 私を封印しやがった、神め! お、おまえらも、神も、殺してやる。こ、殺してやる! この世界は、私の海だ、返してもらう、返してもらうからなぁ!」
 もはや、会話は成り立たなかった。
 ならば、戦いを終わらせよう。
 誰ともなく、呟いて、笑い続けるレヴィアタンへと、SINN達は一気に攻勢に出る。
 戦意は、どこへ行ったのか。
 笑い続けるレヴィアタンは、それらの攻撃をよけもせず、反撃もせず、やがて限界に達したその小柄な体は、ベヒモスと同じように崩れて、滅びたのだった。
 聖域は消えて、魔結界も閉じると、戦士たちは現実空間へと戻ってくる。
「あ、あれ‥‥?」
 そこには、レヴィアタンに抱きつこうとして、見事に肩透かしを食らったデミルが、目をぱちくりさせていた。
 戦いは終わったが、しかし数名は、その胸に釈然としないものを抱えたままだ。
 時間稼ぎと、あの魔王の分身は言っていた。
 なるほど、分身程度がやることなど、そんな程度のものだと、納得はできるのだが、ならば何故――
 何故最後に、あのファルスビーストはそれを放棄するような真似をしたのか。
「つまり‥‥」
 もう、時間稼ぎをする必要も、なくなった――?
 思った、瞬間のことだった。
「なんだ!?」
 いきなり地面が震えた。地震、それも、かなり大きい。
 その地震はすぐに収まったものの、このタイミングである。SINN達に不安を抱かせるには十分だった。
 そしてその不安は的中する。
 のちに判明したその地震の震源地は、ケープタウンよりさらに南方。
 フランス南極地域、ケルゲレン諸島。
 そこが、次なる『生命の樹』が現れる、預言の地であった。

●中央:伝える言葉
 アリアはそこにいた。
 まるで、マリア達を待ち構えるようにして、そこに立っていた。
「アリア!」
 車中より、ついに妹の姿を見つけたマリアが叫んだ。
 しかし視線の先の彼女を守るように、現れたのは武装したハーフブリードが数名。
「いけません!」
 フリージアが叫んで、マリアを庇うように抱きしめた。
 ハーフブリード達が構えたアサルトライフルが一斉に火を噴いて、弾丸の雨が4WDに殺到した。
 マリアの耳を打つ、不快な金属音。閉じたまぶたの向こう側に、白い火花が見えた気がした。
 これまでほぼ沈黙を保っていたアドリアンが、己の頬を掠める弾丸も意に介さず、アクセルをベタ踏みする。
「邪魔を――するなっ! 邪悪共ォ!」
 加速した物体は高い破壊力を持つ。それは4WDに数多の穴を穿った弾丸を見れば瞭然だ。
 ならばそれが4WDであれば、どれだけの破壊力を生むのか。
 ハーフブリード達の悲鳴が、マリアにも聞こえた。罪ある者達といえど、その声は普通に人間であった。
 4WDとアリアの間を阻むものはなくなった。アドリアンはその身に何発か弾丸を受けながらも、淀みない動きでハンドルを切り、車を止めると、
「さぁ、行ってください。マリアさん」
「アドリアン‥‥」
 外では、アリアが戦場に佇んでいる。逃げるつもりはなさそうだ。
「想いを遂げられない口惜しさを味わうには、貴女はまだ若すぎる」
「そうですよ、マリアさん」
 フリージアにも促され、マリアは、頷いて車から出ようとして――
 氷結の中にあった赤い竜が、絶叫を迸らせた。
 キニスの残響。
 自らにとって悪影響をもたらす全てを無効化するソレが、竜を縛っていた氷を全て砕き散らせた。
 ドラコルブルムの狙いは、ここに来ては明確だった。
 マリアだ。
「――だから」
 アドリアンの身体が、蒼い炎に包まれる。
「邪魔をするなと言っているだろう! 地獄へ帰れ、悪魔がァ!」
 割れたフロントガラスより、アドリアンが身を躍らせた。
 両手に拳銃を構え、彼がトリガーを弾けば、銃声を轟かせて撃たれた弾丸は、魔の力を伴って満身創痍の赤い竜に突き刺さる。
「アドリアン‥‥!」
「さぁ、走れ! 貴女は一人ではない!」
 彼の言葉を証すように、マリアのもとへ駆け寄ってくる者達がいる。
「マリア、行こう?」
「はやな‥‥」
 手を差し伸べる美月 はやな(sp9368)へと、マリアは自らの意志でその手を握って、彼女は立ち上がった。
 そして未だその場に佇んでいるアリアの前には、彼女を見張るように、そして糾すように、アンナリーナ・バーリフェルト(sp9596)がいた。
「アリア、貴女には何が見えてるの‥‥?」
 彼女が尋ねても、アリアはその顔に感情を表すこともなく、目を伏せているだけだった。
「マリアちゃん、間に合ったんだね!」
 アンナリーナと一緒に、アリアのそばに先に来ていた柴神 壱子(sa5546)が、マリアに気づいた。
「あらあら、これで姉妹水入らずですわね」
 媛 瑞玉(sd3404)が、いつの間にかそこに立っていた。彼女はずっと、陰ながらマリアの護衛を行なっていたのだ。
「さぁ、アリア様。お話をしませんか? アリア様が『ソッチ側』についた理由を話してくれれば、きっと何とかなりますわ」
「――いいえ」
 瑞玉の軽いノリの言葉への否定が、アリアの、その場におけるはじめての発言だった。
「理由など、語ることではありません。私は、私の責を果たすまで」
「ここで、竜と一緒に滅びる気なの?」
 はやなの問いに、だがアリアは「まさか」と首を横に振る。表情は変わらない。
「‥‥マリア」
 アリアは、向かい合う自分の双子の姉を、名で呼んだ。いつもと違う呼び方は、マリアに現実感を感じさせなかった。
 マリアの思考はこの一分に満たない時間のうちに迷いの中に落ち込んでいた。
 向かい合った妹に、何を言えばいいのか、何と訪ねればいいのか、頭が真っ白になって、全く浮かんでこない。
「‥‥‥‥」
 アリアが小さく息をついて、マリアに背を向けた。
「あ‥‥」
 マリアは彼女からの失望された気がして、心がさらに萎縮してしまう。
「マリアちゃん、今しか、ないんだよ‥‥!」
 後押ししてくれたのは、壱子だった。彼女は今のこの場を、無為に終わらせることだけはしてはいけないと、感じ取っていた。
「アリア!」
 やっと、妹の名を呼べた。
 応じるかのように、アリアがこちらを振り向いて、マリアは気がつけば、彼女にアントーニオから受け取ったボールを放り投げていた。
「‥‥え?」
 これにはアリアも驚いたようで、固まっていた顔つきがはじめて崩れた。
 アントーニオは言っていた。それは会話を促すボール。会話とは言葉のキャッチボールだから、と。
 ここに来るまで、ずっとマリアが握り締めていたそのボールには、彼女の言葉では言い尽くせない想いが、しっかりと宿っていた。
 受け取ったアリアの瞳が、かすかに揺らぐ。彼女の唇が、今、開こうとしていた。
 だが邪魔は、いつだって唐突で、そして邪魔だった。
 その場の皆が、いきなり陰に覆われた。赤い竜だった。
 SINN達の奮闘によって、その身、その命をすでに尽きさせかけている巨竜が、なおもしつこくマリアを狙って飛翔し、迫ってくる。
「――この期に及んでェェ!」
 だが、命を削り、その身に速度と力を宿らせたアドリアンが追いつき、マリア達の前に立って、再び竜と向かい合った。
「アドリアン‥‥!」
「ウオオオオオオオオオオ!」
 拳銃の弾丸を、彼は最後の一発が尽きるまで、竜のアギトの中へと撃ち込んで、弾が尽きると同時に、彼の意識もまた、尽きた。
「落ちてくるよ!」
 アドリアンの身体を抱きとめたマリアに、壱子が叫ぶ。
 赤い竜はすでに絶命していた。しかし悪魔王の力の一端たるその身は、霧散化を持たない。ゆえに死すればキニスに還るのみだが、その巨体、すぐに消え行くわけではなかった。
「マリア――」
 場が騒然とする中、マリアは誰かに呼ばれた。
 振り向く。アリアだった。
 アリアは彼女へと、野球ボールを放り返して、マリアはソレを受け取って――
「ごんすけー!」
 竜の下敷きになる位置にいたマリアとアドリアンを、壱子の大型パペットが突き飛ばした。
 マリアが何かを思う前にドラコルブルムの骸が地面へと墜落し、それはあのときのように――灰色の平原での、アリアが姿を消したときのように。
 墜ちた竜は地を震わせて、程なく崩れ去り、無害なるキニスへと還っていった。

「ごんすけ、よくがんばった!」
 マリアを突き飛ばし、代わりに竜の下敷きになった大型パペットは、さすがに破損してしまっていた。
 しかし大破したわけではない。壱子はがんばった自分の愛犬(パペット)をねぎらうように撫で回した。
「みんな!」
 竜の巨体が崩れ去った後、翼やハーケン、セイワらが、場へと集まってくる。皆が皆、竜や敵兵との戦いで傷ついていた。
 周囲に漂う黒い霧が、幾分薄まっているようにも感じられた。或いはあの竜自体が、黒い霧の発生源だったのかもしれない。
 空港の外で市民たちの鎮圧に当たっていた仲間からも、暴動が終息に向かっているという連絡が入っている。終わったのだ、今回については。
 マリアは、投げ返されたボールを両手で持ったまま、立ち尽くしていた。
「アリアはいなくなってたんだってな」
 アントーニオだった。
「‥‥うん、灰色の平原ときみたいに。また」
 ボールに目を落としたまま、彼女は頷いた。
 竜の墜落以後、アリアは姿を消していた。探しても、どこにもいなかった。
「そのボール。役に立ったのかい」
「うん‥‥、凄く‥‥」
 本当だった。このボールがなければ、何もかもが、無駄に終わっていたかもしれない。
「何て言われたんだ?」
「色々‥‥」
 ボールを介し、マリアは確かに、アリアの心に触れた。
 そして知ったのだ。
 彼女がしようとしていること。
 そのために必要としているもの。
 これは皆にも語る必要があるだろう。今の状況を考えれば、世界の行く末にも深く関わる事柄だと、マリアにも分かった。
 そしてもう一つ。
 最後に、「ごめんなさい」と、アリアは言っていた。
「参ったなぁ‥‥」
 そんな言葉しか、口から出すことができない。
「マリア様――」
 うなだれている彼女を、瑞玉が励まそうとする。だが、その瞬間に地面が大きく傾いだ。
「なんだ‥‥!?」
 地震。それも地球全体が震えているような、巨大で広大な地震だった。
 場にいるSINN達が突然の地震に驚きを覚えている中、マリアだけはとある方向を見ていた。
 その方向には、噴火と共に古代遺跡が姿を現したケルゲレン諸島がある。
 マリアは言った。
「聖書の獣が、目覚める――」

●市街:この世界を守りたいから
 黒い霧の中にあっても、木々はそびえ、草々は生い茂っている。
「こっちに、いるんだな‥‥」
 ラティエラ・テンタシオン(sb6570)は天使の光翼を広げると、手を添えた木の記憶を感じ取り、特殊通信機から仲間に連絡を入れた。
 人から情報を得られない状況に於いて、彼女がもたらすその情報は、SINN達にとって現状を把握するための大きな助けとなっていた。
 木から離れて、ラティエラは神へと祈りを捧げる。
「主よ、私達をお導き下さい‥‥!」
 連絡を受けて、近場から急行するのはジェラール・テステュ(sa8825)だ。
 彼女が運転するミニバンには、リュールング・アマーリア(sg1023)が同乗しているが、彼が、ふと呼びかけてくる。
「ヴァリアントヒューマンがいるみたいだね‥‥」
 先行させているパペットと視覚を共有し、得られた情報であった。
 キニスに冒されかけた一般人、ヴァリアントヒューマン。
 彼女たちが向かう先では、ラウラ・シリングス(sq3234)が異形と化したその男性に、サナティを試みていた。
 だが、まだ未熟な彼女のサナティでは、異形人の精神になんら影響を与えることはできず、
「ウアアアアアアアア!」
 絶叫と共に振り回してきた腕を、カイ・オウミ(sq3050)がなんとか受け止めて、
「落ち着いてくれ。話をしたいんだ」
 言い聞かせようとしても、言語が通じていないのか、その男性の反応は芳しくなかった。
「遠くに行ければ、落ち着けるかもしれませんのに‥‥」
 ラウラはそこに、どうしてももどかしさを感じてしまうのだった。
 そこから、1kmも離れていない場所では、ウサギの獣人であるアリス・フリュクレフ(sq1159)が、擬態を保ったまま大柄な男の首筋に蹴りを入れて失神させていた。
 見た目こそ小娘だが、彼女の格闘術は磨き抜かれ、いかに大柄でも一般人程度に相手が務まるものではなかった。
 ただ、男を気絶させても、まだ周囲では派手な音が鳴り響き、暴動が続いていることを彼女に教えていた。
「こんな時なんだから、頑張らなくちゃ!」
 言うと、彼女は髑髏の形をした銀細工を握り締めて、今度は暴れている女性に向かって特殊な音波を発した。
 SINN達は、懸命であった。
 だが街を包む黒い霧は、やはり赤い竜が存在する限り薄れることはないのか、いつまでも20km圏内に蟠り、人々の心を脅かし続けている。
「少しでも力になれれば‥‥」
 呟き、アンネリーゼ・ブライトナー(so1524)は手に持っていた卵を握り、祈りを捧げる。
 それは、彼女の弟がアルケミーによって練成したものだった。
 成功しているのであれば、一定範囲のキニスを祓い、一時的に空間を安定させる効果を発揮する。はずだ。
 しかし結論からいえば、その卵の効果は大失敗だった。
 霧は薄れたものの、錬成した本人が狙っていたよりも遥かに薄弱で、霧が微かに薄れた程度でしかなかった。
 そして範囲の方も狙った通りに行かず――それは、ほとんど街全域を包むほどの広さに渡って、効果を発揮したのだった。
「う‥‥」
 理由もなく、木の棒でバイクを叩いていた男性が、その動きを止めた。心の中の憎悪が、かすかに薄らいだような気がした。
「――河の左右に生命の樹ありて十二種の実を結び、その実は月毎に生じ、その樹の葉は諸国の民を癒やすなり」
 アンネリーゼが、その男性へと魔法を成就すると、彼はいきなりビクリと身を震わせて、その手から棒を落とした。
 彼女には分かった。その男性に働いていた悪しき力が、魔法によって取り除かれたのだ。
 この情報は、すぐさま人々の救出に出たSINN達に知らされた。
 それを知らせる役目を担ったのが、ミラベル・ロロット(si6100)である。
「もう、大丈夫よ。絶対に助けてあげる。だから――」
 異形になりかけた女性に、言葉を尽くしてその心を癒そうとする彼女は、パペットを操って仲間達にそれぞれ情報を行き渡らせた。
 そして言語に明るい彼女は、言葉が通じずに話ができない仲間達へ、最低限の言葉を教えていた。
 それだけのことで、以降、避難はかなりスムーズに進むこととなる。
「みんな、こっちだよ! こっちに来て! とにかく、空港から離れてー!」
 片言の現地語で、クリシュナ・アシュレイ(sa0267)が人々へ訴えていた。
 離れろ、と。落ちつけ、と。
 一語一語、しっかりと伝わるように、明瞭に。
 ただ呼びかけられただけならば、憎悪に駆られた人々は見向きもしなかっただろう。
 しかし彼はその言葉に、魔力を乗せていた。もとより、抵抗するすべを持たない人々の心に、その言葉はスッと入り込み、人々は彼の方へと意識を向ける。
「こっちだよ、とにかく空港から離れるか、教会に入って! 安全だから!」
 やっていること自体は、地味ではあったのかもしれない。
 武器を使うでもない、魔法を炸裂させるでもない、しかし確かに、人々を守る、この戦い。
 やがて、人々の動きが変わってくる。
 空港の外へ、外へと。離れてゆこうとする動きが目立ち始めて――
 赤い竜が倒れる頃、その黒い霧の範囲内からは大半の人々が脱していた。SINNの積み重ねが功を奏したのだ。
 広域なだけに、被害は出たが、それでも決して大きいものではない。
 SINN達は確かにこのとき、世界の一端を、守り切ったのだった。

●彼女は空を舞って
 戦いは、ようやく終わった。
 アリアは空高くから、その様子を見ていた。
 終わった直後のケープタウンは、まだ黒い霧に包まれていて、それが晴れるまで今しばしの時間がかかるだろう。
 その時間すらも、結局は、時間稼ぎの一端にすぎなくて――
 赤い災厄の発生を利用した、今回の戦いは、前哨戦でしかない。
 本当の戦いはこれから。
 SINN達が相対するのは、魔王の一角、海を統べる獣の王である。
「――どうか」
 アリアは目を伏せた。それは、神への祈りにも似ていた。
 地は震え、ほどなく、発生した津波がケープタウンにも押し寄せるだろう。
 それは王の目覚めの前兆である。
 氷の大地の底に眠る聖書の獣。海魔の王。
 もし完全に目覚めたならば、七つの封印全てが解ける前に、人の世は滅び去るかもしれない。
 アリアは目を開き、その場から飛び立った。
 背中より伸びる光の翼――エンジェリングたる証を、力強くはばたかせて。

MVP
九門 蓮華 (sa0014
♀ 人間 ハンドラー 水
志島 陽平 (sa0038
♂ 獣人 クレスニク 地
アントーニオ・インザーギ (sa5938
♂ 人間 ハンドラー 風
須経 蘭華 (sb0118
♀ 人間 エクソシスト 地
ライラ・ルシュディー (sb2519
♀ 人間 エンジェリング 地
アドリアン・メルクーシン (sb5618
♂ 人間 パラディン 火
烏ツ木 保介 (sd0147
♂ 人間 エクソシスト 風
エティエンヌ・マティユ (sj6626
♂ 人間 エクソシスト 地
ジュラルディン・ブルフォード (sn9010
♀ 人間 ハンドラー 風
小茄子川 隆人 (sp1454
♂ 人間 ハンドラー 火

参加者一覧
九門 蓮華(sa0014)H水 志島 陽平(sa0038)K地 レティシア・モローアッチ(sa0070)H水 アルベルト・ルードヴィッヒ(sa0074)E火
クローディア・エヴァーツ(sa0076)E水 ミリーナ・フェリーニ(sa0081)P火 煌 宵蓮(sa0253)P水 クリシュナ・アシュレイ(sa0267)P水
ガブリエル・オリヴェイラ(sa0293)H地 栄相 サイワ(sa0543)E地 栄相 セイワ(sa0577)A風 陸奥 政宗(sa0958)P火
アビス・フォルイン(sa0959)E水 ティファニー・エヴァーツ(sa1133)A水 ユビキタス・トリニティス(sa1273)H風 ニア・ルーラ(sa1439)H水
メイリア・フォーサイス(sa1823)A風 アウグスト・ソウザ(sa2367)P火 ジョニー・ジョーンズ(sa2517)P火 ナタク・ルシフェラーゼ(sa2677)P風
ダニエル・ダントン(sa2712)P地 アーサー・ラヴレス(sa4830)P火 柴神 壱子(sa5546)H風 アントーニオ・インザーギ(sa5938)H風
テムジン・バートル(sa5945)P水 狼牙 隼人(sa8584)P風 御剣 龍兵(sa8659)P風 ジェラール・テステュ(sa8825)E火
須経 蘭華(sb0118)E地 ナイ・ルーラ(sb0124)E地 ファミリア・サミオン(sb0511)P風 皆本 愛子(sb0512)H地
琴宮 涙湖(sb1982)A火 ライラ・ルシュディー(sb2519)A地 佐藤 一郎 (sb2526)H水 神代 翼(sb3007)A風
三輪山 珠里(sb3536)A風 東雲 凪(sb4946)P風 アドリアン・メルクーシン(sb5618)P火 ラティエラ・テンタシオン(sb6570)A地
ディミトリエ・シルヴェストリ(sb9264)P風 ハーケン・カイザー(sc1052)H風 房陰 朧(sc2497)H風 セルゲイ・クルーツィス(sc4350)A風
カーク・ルッフォ(sc5283)E風 癒槻 サルヴァトーレ(sc5529)E風 烏ツ木 保介(sd0147)E風 媛 瑞玉(sd3404)P風
鷹羽 叶望(sd3665)E地 アガタ・フォーシュベリ(sd3867)H風 イーノク・ボールドウィン(sd3868)A火 アシェン・カイザー(sd3874)E火
デミル・ウルゴスティア(sd9633)E地 東雲 燎(se4102)H火 インマ・サッキュ(sf2350)K風 アルカ・カナン(sf2426)A火
ビート・バイン(sf5101)P火 村正 刀(sf6896)A火 十文字 翔子(sf7297)A風 リン・ブレイズ(sf8868)P火
ギィ・ラグランジュ(sf9609)P地 アルフォンス・ヴィヴィエ(sf9647)A地 リュールング・アマーリア(sg1023)H地 ウェスタ・イェルワジ(sg1931)A風
天道 一輝(sg8206)E火 ラミア・ドルゲ(sg8786)P風 ハルキュオネ・バジレア(sh3934)A水 酒匂 博信(sh4156)P地
ダニエル・ベルトワーズ(sh5510)A水 エリオット・フレイザー(si0562)H水 オルフェオ・エゼキエーレ(si1323)P地 御剣 四葉(si5949)E水
ミラベル・ロロット(si6100)H風 シャーロット・エルフィン(si6767)H水 ブリギッタ・ブライトナー(si7746)P火 ユリウス・ブライトナー(si7758)A火
ギルベルト・ブライトナー(si7759)H火 エルマ・グラナーテ(sj0377)E水 鷹羽 歩夢(sj1664)P水 ウィリディシア・クレール(sj3049)E地
エティエンヌ・マティユ(sj6626)E地 マイア・イェルワジ(sj7576)A地 花枝 美咲(sk2703)A水 リュカ・フィオレンツィ(sk3006)P水
実和 真朋(sn6429)H水 トウマ・アンダーソン(sn7273)P地 レオン・ブラットショー(sn7285)E火 九面 あずみ(sn7507)P水
ジュラルディン・ブルフォード(sn9010)H風 アンネリーゼ・ブライトナー(so1524)E火 シャロン・ローズ(so1811)H風 セザール・メルクス(so2513)P地
茂呂亜亭 萌(so4078)A風 フリージア 李(so6182)E風 ノーラ・ローゼンハイン(so6720)H火 サラ・オブライエン(so7648)H水
御剣 キョウ(sp0401)P水 厳島 雪花(sp0998)E風 小茄子川 隆人(sp1454)H火 エテルナ・クロウカシス(sp1494)A風
児玉 初音(sp1503)A火 鷺沼 妙子(sp1602)P地 有栖川 彼方(sp2815)P火 神楽坂 凛(sp3316)E風
マリク・マグノリア(sp3854)H水 ヴェルンハルト・ラヴィーネ(sp3868)E水 ドワイト・カーバイン(sp3893)H水 碇矢 未来(sp5129)P火
ウルセーヌ・モローアッチ(sp5281)H地 荒井 流歌(sp5604)A水 ジョルジェ・フロレスク(sp6083)K火 ニーチェ・シュートラー(sp6098)K火
ルナール・シュヴァリエ(sp6369)K水 アンリ・ラファイエット(sp6723)K水 シュナイト・ヴァール(sp7330)K地 オリヴィエ・ベル(sp7597)K風
フェリシア・エドフェルト(sp7734)K火 スティナ・エーケンダール(sp7978)K地 雫石 雪凪(sp8252)K火 鷹宮 奏一朗(sp8529)K火
セイディ・ゲランフェル(sp8658)K水 ゴスタ・ユオン(sp9246)K火 シャムロック・クラナド(sp9296)K風 美月 はやな(sp9368)K水
紺野 きつね(sp9415)K火 ユーチャリス・ミッドナイト(sp9432)K風 アンナリーナ・バーリフェルト(sp9596)K風 雫石 結氷(sp9763)K水
エスター・ゴア(sq0475)K風 イーゴリ・トルストイ(sq0700)K地 アーク・カイザー(sq0753)K火 アリス・フリュクレフ(sq1159)K水
アスラン・ノヴァク(sq1286)K地 上随 スウソ(sq1318)K風 ヒメコ・フェリーチェ(sq1409)K風 オズウェル・クローチェ(sq1494)K水
レイヴェンス・エーベルト(sq2046)K風 ラティーファ・アミン(sq2900)E水 カイ・オウミ(sq3050)A水 五老海 ディアナ(sq3106)K火
南郷 龍馬(sq3216)A風 ラウラ・シリングス(sq3234)A地
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