【AS09】罪の証、罰の行方

担当マスター:楽市
開始15/02/17 22:00 タイプ全イベ オプションお任せオプション
状況 SLvC 参加/募集133/― 人
料金600 Rex 分類事件
舞台国イスラエル 難易度難しい

◆周辺地図
   

オープニング
●第六の預言は――
 それは、法王が朝の礼拝を行なっているときに起きた。
 預言は彼の身体に新たな傷を作り、そして、流れる血の感触。
 その激痛に歓喜を得ながら、だが法王の表情は直後に凍りついた。
「これは――神の御言葉が」
 刻まれた聖痕が、消えていく。
 歓喜の証たる痛みが、消えていく。
 代わりに彼が感じたのは、黒く、暗い、重苦しい世界の闇。
 奇しくもそれは13日の金曜日、ルークス市国は激しい雨の中にあった。

●封印の目覚め
 その日、ルークス教の聖地死海北部一帯で局所的な巨大地震が観測された。
 震源地は不明。
 また、地震の範囲も極めて狭く、自然の地震としてはかなり疑問点が多いものであることが後の調査で判明する。
 だがその地震の直後、死海の北西にあるとある山で大規模な崩落が発生。
 結果、地に埋もれていた遺跡がその姿を現すこととなった。
 かつて、南極で起きた事例と同じように、遺跡が姿を見せたのち、この遺跡より光の柱が立ち昇り、それは封印の目覚めを示す証、『生命の樹』であることが判明した。
 第六の封印が、目を覚ましたのだ。

●マリア出奔
 02月16日夜、『生命の樹』の発生を知ったルークス市国で、その対応が検討されていたときのこと。
 大聖堂地下の作戦室に集まっていたSINN達のもとへ、マリア・アンジェリーニ(sz0003)がやってきた。
「‥‥みんな、お願い、力を貸して!」
 余裕がない様子で、SINN達を見るなりそう告げてきた彼女は、さらに続けた。
「感じるの‥‥。死海に現れた遺跡に、アリアと、カリスが来る‥‥!」
 アリア・アンジェリーニ(sz0004)とカリス(sz0009)。
 マリアと同じく「神の子」と称される二人も、当然、封印が目覚めたならばそこに現れるのは道理ではある、が――
「お願い、私だけじゃダメ、そんな気がするの。だから、一緒に来て!」
 切羽詰まった様子のマリアに、SINN達は互いに顔を見合わせる。
 協議を重ねていた聖戦機関の上層部の職員達がマリアと一部のSINN達の出奔を知ったのは、それから少し経ってからのことであった。

●三つの道
「状況が急変しました」
 集められたSINN達へ、第六の封印の目覚めとマリアの出奔が知らされた。
 ザワつく彼らに聖戦機関職員は、まずは今回の封印が目覚めた場所について説明する。
「封印があった場所は、死海北西、かつて死海文書と呼ばれたが発見された遺跡のほど近くの山中です」
 彼の話では、ルークス市国に残っている文献や伝承にも一切その遺跡のことは触れられていなかったという。
「仮に『死海聖堂』とでも呼ぶべきそこは、どうやら三つの入り口があり、聖堂自体は山の地下にあるようです。
 マリア・アンジェリーニがどの入り口から向かったかは分かりませんがおそらく、こちらが聖堂の入り口に到着する頃には聖堂最深部に達しているでしょう」
 三つの入り口は『死海聖堂』を中心に、西、東、南の三つです。どういう作りになっているのかは不明ですが、それぞれ相応に距離が離れています。
 或いは、転移装置などで地下の聖堂と結ばれているのかもしれません」
 聖堂に関して説明を終えて、次に職員は動くであろう敵勢力についての説明を行なう。
「先日、我々は『聖槍のかけら』を巡って、【巨木の軍勢】と交戦しました。
 すでに消えてしまったとのことですが、法王聖下が得られた神の御言葉より、この聖槍の残りは第六の封印と共に眠っているようです。
 おそらく、敵の勢力として【巨木の軍勢】は確実に現れることでしょう。また、【白魔の軍勢】のルキフグスと吸血鬼勢力が数時間前にエルサレム周辺で目撃されています。
 これもまた、封印と聖槍を狙った動きと見てよいでしょう。
 事態は切迫しています、どうか、敵に封印を渡さないよう、力を尽くしてください」

●死海聖堂:南の門
『死海聖堂』南の入り口。
 そこは洞窟になっていた。
 林の中にぽっかりと口を開けた、大きな洞窟。
 内部は広く、よほど大きくなければ車を乗り入れることもできるだろう。
 その場所にSINNが到着したとき、すでにそこには、敵が待ち構えていた。
「‥‥目障りな」
 呟き、SINN達を冷たく睨み据えるのは、魔将ネビロス。
 閉ざされた重々しい石造りの門の前には、魔王アスタロト。
 半魔の手勢を連れた【巨木の軍勢】と、遭遇してしまったのだ。
「これもまたさだめであるのならば、従いましょう――」
 そう呟いて、魔王アスタロトが、漆黒の槍を構えるのだった。

●死海聖堂:東の門
『死海聖堂』東の入り口。
 聖堂の奥へと繋がる門は、大平原の中にぽっかりと口を開けていた。
 平原の一角にある小高い丘の側面に、それはあった。
 そしてやってきたSINN達は、そこに落ちる雷に敵の存在を知った。
「グ、グフ、ぐブブブ‥‥」
 小さな笑いを洩らしているのは、周囲に蝿がたかっている少年だった。
 悪臭を放っているわけではない。しかし見目麗しいい外見をしているその少年を見て、SINN達はただただ醜悪さしか感じなかった。
 少年の傍らには、三つ首の、金色の鎧を来た魔将の姿。
「‥‥‥‥」
 物言わぬ金色の兜の奥で、瞳が赤く輝いている。
「グブブブ‥‥、出会っヂゃっタねェ‥‥」
 少年が言う。
 SINN達は、あろうことかそこで魔王ベルゼブブと魔将バアル、【腐土の軍勢】と相まみえてしまったのだ。

●死海聖堂:西の門
『死海聖堂』西の入り口。
 そこは、あろうことか市街地だった。
 黒い霧が発生し、すでに住人達が去った後の、ゴーストタウンと化している場所だ。
 そこに古くからある教会支部の地下が地震によって崩れ、さらに地下にある聖堂の入り口と繋がったのだという。
 しかし、現地に先んじて派遣された聖戦機関職員からの連絡は数時間前に途絶。
 その場へと向かったSINN達が遭遇したのは、黒い瞳の魔将と、吸血鬼の王だった。
「おやおや、これはこれは。随分とゆっくりとしたご到着ですな」
 魔将ルキフグスの言葉に、ガルバが小さく笑っている。
 教会支部の入り口前にいる二体の周囲には、獣の特徴を備えた者達の姿。クドラクであろう。
 強い殺気を放つ彼らと、SINN達は対峙する。

●死海聖堂:封印の祭壇
「‥‥二人とも」
 同行してくれたSINNと一緒に、封印が眠る『死海聖堂』の最深部へとやってきたマリアは、そこにすでに到着していたアリア、そしてカリスと遭遇した。
「マリア‥‥」
 姉さん、とは呼ばずに、彼女を名で呼ぶアリアは、何故だろう、随分と顔色が悪いように思える。
 それに、カリスは――
「その姿は、何なの、カリス‥‥!」
 魔王ベリアルを殺したというカリスの姿は、人のそれとは異なるものとなっていた。
 全身を纏うどす黒い気配。チラリと覗いている竜のような尾。
 だが何よりマリアが怖いと感じたのは、その目だ。
「マリア‥‥、クック、マリア! アハハ、会いたかったよ、マリア‥‥。マリア!」
 見開かれた瞳は血走って、その顔は強張った笑みから変わらない。
 これまで見てきたカリスにはなかった感じがする。それは憎悪だと、マリアには思えた。
 今までにない深い、強い憎悪を、彼は発散している。
「封印は、渡さないわ‥‥」
 恐怖を呑みこんで言う彼女へ、カリスは笑った。
「封印‥‥。そうやって、いつまで君は‥‥!」
 殺気。それも濃厚な、特大の、強烈な殺気を、カリスは放っていた。
「渡さない‥‥。封印も、聖槍も、どっちも渡さない‥‥! マリア! そして、SINN!」
 封印を奪取するならば、カリスとの対決は避けられないだろう。
 マリアもそれを確信せざるを得なかった。

◆登場NPC

 マリア・アンジェリーニ(sz0003)・♀・15歳?・エクソシスト・地・聖職者
 アリア・アンジェリーニ(sz0004)・♀・15歳?・?・風・?
 ガルバ(sz0007)・♂・?歳・?・?・?
 カリス(sz0009)・♂・19歳・?・?・?
 ルキフグス(sz0011)・♂・?歳・?・?・?
 アスタロト(sz0012)・♀・?歳・?・?・?
 ベルゼブブ(sz0013)・♂・?歳・?・?・?

◆マスターより

こんにちは、楽市です。
ロンギヌスとか超有名ですよねヤッター! な、シナリオをお届けします。
これは全体イベント「【AS09】Apocalypsis SINN」のメインシナリオです。
全体イベントシナリオは、没ありプレイングとして処理され、MVP(物語に重要な貢献をした者)を中心として物語が描かれます。
選択肢をプレイング第1行で【ア】のように記入し、次行より本文を続けて下さい。(複数選択肢不可)
このシナリオは02月17日未明から24時間程度の状況の物語となります。

ア:マリアに同行する
 関連NPC:マリア・アンジェリーニ(sz0003)、アリア・アンジェリーニ(sz0004)、カリス(sz0009)
 マリアの出奔に同行し、他のSINNよりも先に祭壇に到着します。
 リプレイはこの選択肢の参加者が祭壇に到着したところから開始されます。車両を乗り入れることはできません。
 アリア、カリスと遭遇し、カリスとは本格戦闘に到ることになります。
イ:南の門へ向かう
 関連NPC:アスタロト(sz0012)
 【巨木の軍勢】と半魔の軍勢と戦います。ここで敗北した場合、残った敵は「ア」への増援となります。
 リプレイはこの選択肢の参加者が舞台に到着したところから始まります。舞台はかなり大きな洞窟内部となります。車両はバイクまでOKです。
 痕跡:硝煙の臭い、悪しき気配、特になし
ウ:東の門へ向かう
 関連NPC:ベルゼブブ(sz0013)
 【腐土の軍勢】との戦闘となります。ここで敗北した場合、残った敵は「ア」への増援となります。
 リプレイはこの選択肢の参加者が舞台に到着したところから始まります。舞台は広々とした平原となります。
 痕跡:金色の欠片
エ:西の門へ向かう
 関連NPC:ルキフグス(sz0011)、ガルバ(sz0007)
 吸血鬼とクドラクの群れとの戦闘となります。ここで敗北した場合、残った敵は「ア」への増援となります。
 リプレイはこの選択肢の参加者が舞台に到着したところから始まります。舞台は黒い霧が漂っている無人の市街となります。
 痕跡:特になし
オ:その他の行動
 どの選択肢にも該当しない行動はこちらとなります。
 内容で判断させていただきますので、他選択肢に割り振られたり、採用率そのものが低い場合がありますのでご了承ください。

リプレイ
●南の門:我らは巨木のいとし子なり
 洞窟の内部は、うっすらとした明かりで満たされていた。
 【巨木の軍勢】が用意したものでないのならば、それはきっと、いにしえの魔法に分類されるものなのだろう。
 目覚めし第六の封印をかけて、この古き聖堂の門の前で、戦いは始まろうとしていた。
「さぁ、行こうか」
 そこに現れたSINN達を見て、全身を武装に固めた彼は言う。
 ついこの間までアメリカ軍の将校として確かな地位の上にあったその男の名は、カインという。
「ええ、行きましょう」
「派手にやりましょうや」
 と、カインの声に応えるものが幾つか。
 そこにいる者達は全てカインと同じく全身を戦闘用の武装で固めた――ハーフブリードであった。
「では、地獄でお会いしましょう。マム!」
 背筋を但し、カインと他数名が、門の前で彼らを見守る魔王アスタロトに敬礼を送る。
 アスタロトは無言で頷くのみだが、彼らにとってはそれだけで十分だった。そう、命を賭ける理由としては。
「‥‥あっちから凄い気迫が伝わってくるよ」
 SINN側である。集まった仲間達に祝福と施して、アビス・フォルイン(sa0959)がそう呟いた。
「全く慌ただしいことだけど、でも、私の自慢のパペット達で駆け抜けさせてもらうわ!」
 そして早々、戦いの口火を切ったのはレティシア・モローアッチ(sa0070)だった。
 バイクを急発進させ、またがった彼女が向けた銃口より、発射された散弾を半魔の群れの最前衛は盾を構えて受け止める。
 しかしそれは陽動、直後に、操るパペットの一体が吐き出した氷のブレスが、側面から半魔数名を呑み込んだ。
 途端に、その場は銃声が飛び交う戦場へと変貌する。
 だがその身に銃弾を受け、肉を焼かれ血を噴いても、半魔は何事もない様子で起き上がった。
 その時にはすでに、銃創は完全に消え失せていた。半魔の恐るべき再生能力である。
「だったらよォ!」
 手に持っていた槍を地面に突き立てて、イェルク・マイトナー(sd3107)が敵兵との間合いを一気に狭めた。
 そして放った蹴りが、重武装で身を固めた相手に命中した瞬間――ズドン、と、炸裂した火の魔力が音を爆ぜさせた。
 悲鳴。そして倒れる敵へ、来海 朽葉(sp4469)がダメ押しの首への手刀を振り下ろし、その意識を寸断させた。
「あ〜‥‥、とりあえずこんな感じいいよな」
 ガシガシと髪を掻いて、彼はとりあえず息をついた。パラディンではない朽葉は、こうして敵を無力化する必要があった。
「神の狗共がァ!」
 英語での、罵りの声。
 敵が投げた手榴弾が炸裂する。それは破片を周囲に散らし、近くにいたSINN数名の肌に傷を穿った。
「死ね、死ねェ!」
「俺達の前に立って、無事で済むと思ってんなよ!」
 戦いに及ぶ前から感じていた通りの、凄まじい気迫を以て、半魔達もまたこの戦いへと臨んでいる。
「オーッホッホッホッホ! その程度でして?」
 しかし彼らの気合を真正面から受け流す、見事なお嬢様笑い。
 シャロン・ローズ(so1811)の操るパペットが、広範囲に強烈な冷気を撒き散らし、魔力の雷光を迸らせる。
「この人形め!」
 と、半魔の一人がアサルトライフルで彼女のパペットを狙い撃つが、魔力を帯びたそのボディは、ただの物理的な攻撃を完全に遮断する。
「――隙だらけだよ、そんなんじゃ」
 銃を構えていた半魔の脇腹に、上月 累(sq2012)が放った矢が突き立った。
 身を抉られ、痛みに悲鳴を上げるその半魔へ、できた隙をブチ抜くようにクリシュナ・アシュレイ(sa0267)が氷の力を備えた刀を一閃、その身を凍結させ、動きを鈍らせた。
「OKだよ!」
 言う彼に、頷きのみを返して、暗器を両手に握りこんだ煌 宵蓮(sa0253)が肉薄、半魔の首筋に鋭い傷を刻み込む。
 半魔の命は、一度の大出血ののちに潰えて、そのまま動かなくなった。
「――エクセレントだ」
 SINN達へ、言葉と共に拍手を傾ける者がいた。
 金髪の美青年カインは、その顔に屈託のない笑みを浮かべて、SINN達を素直に賞賛した。
「我々もなまなかな覚悟で臨んだわけじゃない。それなのに、この結果とはね‥‥」
「‥‥あなたは、魔王の半魔、でしょうか」
 一人、他の半魔とは明らかに違った空気を持つ彼に、イーノク・ボールドウィン(sd3868)が気づく。
 直後、少し離れた場所に起きた爆発は、ニコラス・コーウェン(se7212)が起こしたもの。
 彼は炎の中から姿を現した半魔へ、祈りと共に死を呼ぶ魔法を成就する。
 エンジェリングに、限定的ながら断罪資格を与える魔法、ユーデクスである。
「――こっちは終わりましたよ」
 やる気なさげに、ニコラスは言った。
 そして残った半魔は、カインのみとなる。半魔の軍勢もまた精鋭揃い。それでもこの差であった。
 SINN達に臆さず向き合っていたカインが、一度だけアスタロトの方を振り返る。
「‥‥ママ、じゃあね」
 呟いて、カインは魔人の領域を場に展開しようとする。
 それは魔王の眷属のみが使うことのできる、魔王の力の一端である。広がり、そのうちに取り込まれた者に、尽きぬ眠りをもたらす。
「心を解放しろ!」
 SINNの誰かが叫んだ。彼らもまた、場に力を発揮する。
 それは魔を退ける心の力。感情の根底にあるものを源とする、カルマの業。
 カインは、その顔に苦笑を浮かべる。そしてサーベルを手にして向かい合う相手はレイジ・イカルガ(sh2614)。
「君達は、どこへ行こうとしているんだい!」
「無論、行けるところまで――!」
 響く、刃と刃の衝突音。
 魔王と契約を交わしたカインの腕前は、それは大したものであったが、しかしレイジの操る剣は彼の刃を弾き、くぐりぬけて、カインの身を切り裂いた。
 その刃は伝承に歌われる慈悲の刃。人の命を奪わぬ剣である。
「くっ‥‥!」
「おいっすー! 断罪覚悟ー!」
 膝を突く彼が完全に再生能力によって傷を消し去る前に、碇矢 未来(sp5129)が炎の刃を振り下ろさんとする。
 カインは、アスタロトの方を――もう、振り向きはしなかった。
 刃は振り下ろされて、彼の命脈が断ち切られた。
 【巨木の軍勢】が誇る精鋭半魔部隊は、SINN達の前に完全に全滅したのだった。

●東の門:撃つ雷と蝿の群れ
 グズリと、少年の姿が溶けて崩れる。
 白かった肌は濁り、灰色に変じて、それはヘドロのように垂れて濡れて、人の形は悪趣味に変わり果てていった。
 魔王ベルゼブブ。
 世に知られる魔王の中で、ルシファーに次ぐ格があるとされる、蝿の王。
 だがSINN達の前に晒されたその姿に、威厳や威光と呼べるようなものは何もなかった。
 それはただただ醜悪な、腐った肉の塊。溶け出した悪意のヘドロの寄せ集め。そういったものにしか見えなかった。
「グ、ぐブフ〜」
 笑っているベルゼブブの周囲に、蝿が飛んでいる。
 その数は、声が終わるまでの数秒のうちに増えて、重なる羽音がけたたましいほどだった。
「来るぞ、オイ!」
 平柳 アレクセイ(sa8945)が叫び、ベルゼブブへとパペットを差し向ける。
 しかしベルゼブブの身体から無尽蔵に湧き出る蝿の群れは、あっという間に彼のパペットを包み込み無力化させてしまう。
「‥‥行こう!」
「それしか、ないようですね」
 ダニエル・ベルトワーズ(sh5510)の言葉に、ソフィア・イェリツァ(sb4811)がうなずいて続く。
 二人はそれぞれ、場を包み込むようにして、その心に宿すカルマを解放する。
 放っておけば、蝿はどこまでも湧き続け、そしてSINN達全てを喰らい尽くすことだろう。
 魔王の力、世界を塗り替える魔界創世の中でも、ベルゼブブが持つ飽食界創世は、そのおぞましさは他よりも頭一つ飛びぬけていると言ってよい。
 そして、この悪食の力を抑えながら戦うならば、自然、戦場はカルマが及ぶ範囲内のみとなり、大平原でありながら戦力の散開はままならないのだった。
「‥‥‥‥」
 そして動き出すのが金色の魔将であった。
 ギシリと、重々しく、黄金の鎧が軋む。右手に持った矛槍をブゥンと振り回すと、魔将バアルはSINN達へと踏み出そうとした。
「その武器、こちらでもらい受けるよ!」
 ベルトワーズがバアルの矛槍に鞭を振るい、絡みつかせた。
 それで、魔将の動きを阻もうという彼なりの算段であったが、しかし力一杯に引っ張っても、矛槍はビクともしない。
「‥‥ゲロ」
 バアルの三つ首のうち、蛙の首が一声鳴く。
 無造作に右腕を動かした。それだけで、ベルトワーズの身体が強く引っ張られてしまう。
 鞭を絡ませたところで、それが邪魔にならないのであれば、結局意味を成さないのだ。
「ダニエル神父!」
 オルフェオ・エゼキエーレ(si1323)が駆けつけて、ベルトワーズの持つ鞭を握り、一緒になって引っ張った。
 なのに、それでも――
「‥‥ゲコ」
 まだバアルが優る。恐るべき膂力であった。
 そして舌を打つオルフェオに、今度は、ベルゼブブから生み出された無数の蝿がたかり始めたではないか。
「グ、ヘヘ、グブ、ぶフフ‥‥、ほ〜らがんバれ、がァンばれ〜」
 魔王が、SINNで遊んでいた。
 カルマの力によって、SINNが蝿に喰われることはない。
 しかし物体としてそれが存在している以上、SINNの邪魔をすることは簡単にできるのだ。
「‥‥これは、なんてことだ!」
 佐藤 一郎 (sb2526)が操るパペットもまた、蝿にたかられてその動きを阻害されている。
 蝿の羽音だけが彼の耳に届く中、しかし、触れた蝿の一部が、彼が成就していたフリーズパペットによって凍てつき、地に落ちた。
「あ、も、もしかして‥‥」
 それを見たジュディス・バシッチ(sp1426)は己が持つ武器で蝿を切ると、ブチュリと潰れる手応えと共に潰れて、そのままキニスに還元されて消えていった。
「う〜‥‥、気持ち悪い感触です〜‥‥」
 全てがキニスに変じるため、跡形もなく消えはするものの、潰した感触は間違いなく羽虫を潰すときのそれであった。
「先日のハゲに比べれば、はるかにマシだ!」
 しかしラミア・ドルゲ(sg8786)からすれば、言葉通りのようで、彼女は蝿の群れに矢を放ち、そして手にしたクロス棒を振り回してそれらを潰していく。
 その隣では、南郷 龍馬(sq3216)が特異な形状をした火器を発射し、迸る烈光で蝿を焼き払っていた。
「全く、無茶ぶりが過ぎる‥‥!」
 SINNとなって日が浅い彼にしてみれば、いきなり【腐土の軍勢】との正面衝突など、荷が勝ち過ぎているとしか思えないのだ。
 こうして皆がカルマの領域内で蝿の対処に追われる中、一人静かにベルゼブブを狙う者がいる。
「――目標、確認」
 テムジン・バートル(sa5945)である。
 手にしているのは古式のボルトアクション式ライフル。100mほど離れた距離より、一発、彼は魔力を込めた弾丸をベルゼブブへと撃ち放つ。
「グブゥ?」
 だが彼がいる場所は、カルマの力が及ばぬ場所。
 そこから放たれた弾丸は、魔王の身を傷つけることはできない。ただヘドロの塊に刺さって、呑み込まれただけで終わる。
「‥‥なるほど、厄介だ」
 状況を正確に把握して、彼はそう呟いた。
 思考は、だが瞬く雷光によって遮られる。彼が見ているその視界の先で、雷鳴が轟いた。
 金色の魔将の瞳が、赤く激しく輝いた。

「バァァァァァアァァァァァルゥゥゥゥゥ!」

「くっそ、よくもやってくれたな!」
 吼えるバアルへと、ミリーナ・フェリーニ(sa0081)が拳銃を向けた。
 弾丸が命中し、重力波が炸裂する。二度目の爆音と共に、かかる重さにバアルの身が傾ぎかけた。
 しかしそれを三つ首の魔将は凌いでしまう。
 そこから、鎚を掲げれば、ミリーナの周囲に雷光が降り注いだ。
「うあああああ!?」
「バァァァアァァァルゥゥゥ――」
 槍を掲げ、鎚で地面を打ちつけて、魔将が猛る。
 そのさらに向こう側で、灰色の腐臭にまみれた魔王が笑っていた。

●西の門:血に濡れた街角で
 黒い霧がゆらりと、SINN達の間を漂っている。
 魔将ルキフグス、そして、吸血鬼の『王』ガルバ。
 両者を取り囲み、或いは護るようにしてクドラク達が殺気立った視線を彼らへと向けてきていた。
 この場を訪れたSINN達は、その多くがクドラクと同じライカンスロープ、クレスニクの面々であった。
 人よりも鋭い感覚を持つ彼らは、この場に漂う空気に、考えたくもない匂いが混じっていることに気付いていた。
「‥‥テメェら、食ってやがったな」
 口にするのもけがらわしいという口ぶりで、鷹宮 奏一朗(sp8529)がクドラクへと問う。
 クドラク達は、笑っていた。その口の周りは、ついさっきついたばかりの赤い何かで汚れている。見れば、そのほど近くの物陰に、血だまりができているのが分かった。そこが『食事場』であったらしい。
 逃げ遅れがいたのかと、考えて、感じる不快感がすぐに怒りへと昇華する。ほどなく、戦いは始まった。
「‥‥悪いけれど、容赦はできそうにありません!」
 狼のクドラクへと、長谷 綾子(se2407)は言いながらサブマシンガンを連射。
 怯んだところへ彼女の操るパペットが、その身を炎に包みながらクドラクを思い切り殴りつけた。
 その一撃は重く、狼クドラクは地面を転がりながら吹っ飛んでいった。
 空を見れば、猛禽のクドラクに対して空で追撃を仕掛けているのは、ブランシュ・ブランシャール(sp4332)だ。
 風の力を顕現し、背に光の翼を羽ばたかせる彼女が、風を操ってクドラクの動きを鈍らせる。
「ケェッ!」
 たまらずその場から逃げたクドラクは、一度地面スレスレまで飛行高度を下げて、気流乱れる空気から避難した。
 シュナイト・ヴァール(sp7330)がそれを狙っていた。
「当たれェ!」
 狼の本性を露わにして、バイクを疾駆させる彼が、その車体をクドラクに思い切りぶつける。
 猛禽のクドラクは、さすがに想定の外だったのだろう、バイクによる追突を受けて白目をむいてその場に転がった。
「あの‥‥、殴ってもらわないと解呪ができないのですが‥‥」
「おっと、すまない」
 困ったように言うアンネリーゼ・ブライトナー(so1524)へぺこりと頭を下げて、シュナイトは獣の姿で気絶したクドラクの頬をペチリと叩くのだった。
 戦いは、別の場所でも既に起きている。
「露払い、させてもらうよ!」
 高遠 明(sp6960)が虎の姿をその身に顕現すると、クドラク数人の集団へと身を躍らせ、握った拳、鋭い蹴り足でそれを蹴散らしていく。
 彼女の躍動感あふれる動きに攻め立てられて、クドラクの群れは次の瞬間にはその表情を憤怒に染めて、反撃に出ようとした。
 しかし、
「ふぅー!」
 と、いずこかよりいきなり声がしたかと思うと、強烈な吹雪がその場にいるクドラク全てを巻き込んだ。
「や、やった‥‥?」
 スゥ、と、その場に美月 はやな(sp9368)が姿を現した。
 魔法によって透明化していた彼女は、タイミングを合わせて、ブレスによる攻撃を行なったのだ。
「チィ‥‥!」
 だがさすがに同種族か、クドラク達もまだ倒れるには至らない。
「みんな、のしてやるー!」
 自慢の脚力を生かして、千種 蜜(sp9590)がクドラクの群れへ突っ込んでいった。
 吹き飛び、壁に叩きつけられたトカゲのクドラクはそのまま沈黙する。
 いいようにやられて、激情に駆られたのは獅子のクドラクだ。
「‥‥小娘ェ!」
 突っ込んだ直後の、反動から動けないでいる彼女を狙うそのクドラクを、しかし迎え撃ったのはパペットだった。
「おーっと、やらせねぇんだな、これが!」
 ハーケン・カイザー(sc1052)が操るパペットが、まるでもう一人の彼であるかのように動き回り、人形でありながらクドラクを見事に押し留める。
 一方でハーケン本人は、銀製の銃弾入りの拳銃を手に、一路ガルバめがけて突っ込んでいく。
「『王』の御前にて、無礼を働くか!」
 などと言いながら立ちはだかるクドラク達。
 しかし彼は囮。本命が、その頭上を飛び越していく。
「喰らえ、ガルバァ!」
 その手に小さな太陽を灯らせた、アーク・カイザー(sq0753)であった。
 ガルバは、軽くアークを見上げると、ただ、、小さく微笑むのみ。
「おおおおお!」
 アークからすれば、その一撃は乾坤一擲。
 しかしこの時彼は気づいていなかった、生み出した太陽の光はすでにガルバに届いているはずなのに、変化らしい変化も起きていない。
「――滑稽だな」
 呟くガルバに届く直線、太陽は、音もなく消え失せた。
 それは夕日が地平の彼方に消えて、夜が訪れる様によく似ていた。
「‥‥な、ん!?」
「それで、次はどうする?」
 驚きに目を剥くアーク。
 その身は既に地面に着地しており、彼の接近に改めて気付いたクドラク達が、周囲を囲もうとしていた。
「くっ‥‥!」
「どうした。観客もこの通り待っている。次の芸を見せてもらえないか」
 笑みをその顔に残したままで、ガルバは告げる。
「援護する。‥‥離れて!」
 空より、駆けつけたのはローウェル 一三(so2674)。
 グリップに太陽の紋様が刻まれた拳銃を、彼女は敵に向かって撃ちまくった。
「うおお!?」
 と、いきなりの銃撃にアークを囲うクドラク達の統制が一瞬、乱れた。
 そこに生じた隙を、相模 仁(sp6375)とラルフ・フェアウェイ(sg4313)が切り込んでいく。
「おおおおお、俺だってェ!」
「早く逃げろ、今のうちだぜ!」
 獣化し、突撃する仁と、盾を構えて敵を跳ね飛ばすラルフ。囲いの一角に、退路ができた。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ、なんとかな‥‥」
 なんとか逃れたアークの方へ、ルイス・ハワード(sd4979)がやってきた。アークはフゥ、と、息をつく。
 追ってきたクドラクの前には軽快なステップを踏みつつ、ニーチェ・シュートラー(sp6098)が立ちはだかっていた。
「ァはん、いらっしゃ〜い♪」
「言われずともォ!」
 しかしそれは見せかけ。
 彼女めがけて突っ走るクドラク数人へ、ひらりと現れたオリヴィエ・ベル(sp7597)が、カウンター気味に咆哮を浴びせかける。
「わざわざ待っててくれたんなら、こっちも張り切るよ!」
「そういうことだな」
 吸っていた煙草を捨てて、アンリ・ラファイエット(sp6723)が氷のブレスをクドラクにぶつけた。
 戦闘開始数分、状況は未だ、始まったばかりである。

●封印の祭壇:竜尾の魔人
 光立つ『生命の樹』の下、地の底と呼んでも全く過言ではない場所に、その槍は突き立っていた。
 マリア・アンジェリーニ(sz0003)はSINN達と共にその場へと到り、奇妙なデジャビュを覚えていた。
「‥‥『死者の間』みたい」
 彼女の言うとおり、その場所はルークス市国にある『死者の間』に似た雰囲気を持っていた。
「ここもまた、古き聖地ということだろうね」
 彼女の呟きを、距離を置いても聞いていたのか、カリス(sz0009)はそう言った。
 彼と、もう一人、アリア・アンジェリーニ(sz0004)。
 二人は、掲げられた石造りの大きな聖印の下で、SINN達を出迎える。
 その背後には、朽ちて黒ずんだ、一本の槍。とても聖なる力を宿しているようには見えない。
 槍が突き立った祭壇からは白い輝きが溢れ出ていた。
「どうしても戦う必要がありますの?」
「うん?」
 全身より、物騒な瘴気を溢れさせているカリスへと、九門 蓮華(sa0014)が切りだした。
「わたくし達は、魔王とすら分かり合うことができましたわ。あなた達とだってそれができるはず。そうでしょう、アリアさん!」
 だが彼女の訴えにも、アリアは無言を返すのみ。カリスは、笑い出した。
「いいねぇ、面白いねぇ。そうやって歌えば平和になるっていう思考、いいと思うよ。お花畑でさ」
「そんな姿になっても、結局あなたは変わらないんですね、カリスさん」
 刺すように、須経 蘭華(sb0118)が彼を睨んだ。
「結局、あなた、何がしたいんです? そんな姿になって。新たな神にでもなるつもりですか。おこがましい」
「ハッ! ハハッ、アハハ! 君がそれを言うのか、人の身でしかない君がさァ! それこそおこがましいね!」
 蘭華の言葉に、カリスは弾けたように笑い出す。
 その感情の動きを示すかのように、ズルリと伸びた黒い竜の尾が、のたうつように蠢いた。
「あらあら、なんだかおもしろい格好になってますねー。何を食べたらそんな状態になるのでしょうかー?」
 のんきにそんなことを聞いてくるシャムロック・クラナド(sp9296)へ、カリスは一言、「美味くもないものさ」とだけ返した。
 そして彼の瞳は、再び、マリアの方へと向く。
「さぁ、マリア、いつまでもそんなところいないで、こっちに来るんだ‥‥!」
「お待ちを」
 と、サラ・オブライエン(so7648)が彼を制止した。
「‥‥何かな?」
 露骨にその顔に苛立ちを浮かべるカリスに、彼女は問う。
「その、いつまでもという言葉、先ほども言われましたね。『いつまでも君はそうやって』、と。あれはどういう意味なのですか」
「‥‥聞いてどうするのさ、そんなこと」
「分かりません。私個人としては気になった、としか。でも、意味がない言葉には、思えませんでしたので‥‥」
 カリスの顔に、笑みが刻まれる。
「君達が気にする必要はないことだよ。ああ、そうさ、君達が気にすることなんて、何もない」
 強い調子の断言であった。
 しかしサラのその問いかけはカリスではなく、むしろマリアを突き動かした。
「カリス‥‥、あなたは何なの。どうして、私達の邪魔をするの? あなたは私とアリアの、お兄ちゃん、なんでしょう‥‥?」
 言うのも少し辛そうな、しかししっかりとした彼女の言葉に、途端、カリスは笑い出す。
「違う。違うよマリア。違うんだ、可哀想なマリア‥‥。僕は、君だけの兄だ!」
 凄絶な笑みであった。
 そしてそれを彼は、控えているアリアにも向ける。
「私、だけの‥‥?」
 言葉の意図が分からず、マリアは戸惑う。しかしカリスがその身より放つ殺気は大きく膨れ、蘭華が、静かにマリアの前に立った。
「これ以上の問答は無用でしょう。言っても分からないことが分かったのでブチのめしましょう」
「ああ、僕もそれには同意だよ」
 答えると、カリスの両手から光と闇とが混じり合ったような何かがブワと広がる。
 するとそこから、骨でできた剣のようなものが、生え、伸びてきた。

「――来なよ」

 それが、開戦を告げる鐘となった。
「マリアァァァァァァァァァ!」
 血走った眼で、カリスは真っすぐマリアを目指す。だが割り込む。そのパラディンの名は陸奥 政宗(sa0958)といった。
「マリア君は、やらせん!」
 ギシリと咬み合う、カリスの骨剣と政宗の剣。
 鍛え、人としても膂力に優れる政宗であるが、しかしそれにしてもカリスの腕力は度が過ぎた。80kgを超えるパラディンの身体が、一度の押し合いで後方へと吹き飛ばされる。
「しばらく見ないうちに愉快な格好になりやがって、おまえの好きになんぞさせるかよ!」
 御剣 龍兵(sa8659)が背面に回り、魔力を宿した拳銃弾をカリスの背中にお見舞いする。
 二度、三度と、小さくカリスの身体が跳ねて、銃弾は彼の肉体にめり込むと共に出血を呼んだ。
 カリスは大きく身を捻ると、口を開けて、
「ガァァァァァァ!」
 声と共に、強烈な闇がその口より吐き出された。
 盾を持たない龍兵は周囲のSINNと共にそれをまともに浴びて、後方へと転がされてしまう。
「みんな、しっかりするの!」
 駆けつけた栄相 セイワ(sa0577)がサナティを成就。傷を癒す。
「小癪‥‥!」
 重ねて、カリスが叩きつけてきたブレスを、栄相 サイワ(sa0543)は自ら壁となってローレムの結界によって遮断する。
「カリスさん、こんなことしたって何にもならないのに!」
「効く価値もない雑音だ、その口は閉じていてくれよ!」
 サイワの声へ、カリスは眼を見開いてそう罵った。
「口を閉じるのはお前の方だ、カリス!」
 天道 一輝(sg8206)が刀を手に、カリスを狙って駆ける。
 その、十分に体重が乗った一閃は異形と化した少年の胴を横にバッサリと薙いだ。
 しかし手応えが硬く、重い。少なくともそれは、人を斬った手応えではなかった。
「続くでござるよ!」
 一輝に続けて、詩馬 光之助(si7745)が、こちらは大上段より下へと、刃を振り下ろした。
 見事な一閃。斬られたカリスの身体から血が噴く。が、
「ハハァ‥‥」
 その顔に浮かぶのは、不気味な笑みだった。
「頑丈さがウリかよ? だったらコイツでどうよ!」
 今度は、村正 刀(sf6896)の一撃。刃は確かに、少年の身体を切り裂いていた。
「‥‥痛い。ああ、痛いさ」
 しかし、平然としているのだ。
 戦士三人。いずれも武器格闘の腕前は劣らぬ、一級の戦士たちであるというのに。
「わ、私にだって、まもりたいものあるんです!」
 紺野 きつね(sp9415)がカリスへと拳の連打をお見舞いした。
 だがそれを、彼は防御することもなく受け止める。そしてきつねは気づいた。カリスの頬、そこにうっすらと見える、色素をもたない透明な鱗の存在に。
 魔的な鱗。きつねの攻撃の大半は、それによって完全に意味を失っていた。
「とんだ化け物だな‥‥」
 武器を鞘から引き抜いて、東雲 凪(sb4946)がカリスをそう評する。
 しかし彼が気になっているのはそちらではなく、アリア。双子を世話してきた彼にとってマリアとアリアはどうしても気にかかるのだった。
 アリアは戦いを前に、未だ沈黙したままだった。

●南の門:朽ちゆく鋼
 魔将ネビロスが滅びたのは、それからほぼ二分後のことだった。
「見事でしたよ、皆‥‥」
 背後に、呟く主の声を聞きながら、魔将ネビロスはスラリとサーベル型の邪剣を鞘から抜いた。
 かつてSINNによって破壊されたそれは、完全にかつての形を取り戻していた。サーベルも軍服も、元をたどればネビロスの一部である。時間をかければ再生することは可能だった。
「――今一度、過去の亡霊に苦しむがいい」
 ネビロスが懐より取り出したのは、真っ黒い手帳だった。
 彼はそれを開くことで、己の能力である死者蘇生の魔結界を行使することができる。
 ――そしてそれは、すでにSINN達も半ば気づいている情報であった。
「人の世を侵略する悪魔よ、ここから出て行きなさい!」
 雷光が、空から降り注ぐ。身を打たれ、ネビロスは「ぐぅ」と小さく呻いた。
 魔将の行動を阻んだのは、エテルナ・クロウカシス(sp1494)であった。
「みんなに、主のご加護を」
 エティエンヌ・マティユ(sj6626)から祝福を授かって、マリク・マグノリア(sp3854)がパペットをネビロスへと差し向ける。
「隙は与えませんよ!」
 自身も、復元された伝承武具である弓を構え、自らが持ちうる全ての攻撃手段を魔将へと向けた。
「ちィッ!」
 パペットに身を凍らされ、飛び来る矢をサーベルで払い落とすネビロスは、だがそれ以上の行動を取ることができない。
 こうした様々な牽制が魔性の動きを縫いとめているうちに、前衛を張るSINN達がいよいよ間合いへと飛び込んできた。
「お久しぶりですね」
 軽く、まるで道端でばったり出くわしたかのような気軽さで、ダニエル・ダントン(sa2712)は言いながらネビロスに斬りつけた。
「‥‥フン」
 侮蔑するかのような眼差し。それを受けながら、老練のパラディンは魔将に問う。
「魔将ネビロス、貴方は何に仕えているのですか? あそこにいる魔王なのか、それとも、別の何かなのか」
「答える舌は持ち合わせていない」
 ダントンの一閃をサーベルで受けて、ネビロスは短く返すだけだった。
 その鉄面皮より、何かを読み取れるかとも思っていたダントンだったが、しかし魔将の表情はどこも変わらない。
 問答自体は、或いは意味を持たないものだったのかもしれない。
 しかし確かにダントンは、魔将の意識を自分へと引きつけることに成功していた。
「ご自慢の魔神は出せないようね、ネビロス」
 ウィリディシア・クレール(sj3049)の鞭が、手帳を持つ腕に絡みつく。
 声こそ出さないものの、魔将の顔には確かな憤りが浮かんでいた。
 鞭を無理矢理に払っても、ウィリディシアはその両手に構えた伝承の薙刀で斬りつけてきて、ネビロスの意識の集中を阻んでくる。
 そこにダントンやマリクも加われば、もはや魔将といえど余裕は微塵も残らない。
「――ネビロス」
 それまで状況を見守っていたアスタロトが、槍を構えようとした。
 しかし腹心たる黒の監査官は仕える主に制止をかけた。
「なりません、我が主よ。どうか貴女は、貴女の果たすべき役割を――」
 言うと、ネビロスは戦闘のさなか、己が傷を負うことも厭わずに意識を手帳へと向ける。
 そこには彼が知る魔神達の真名がびっしりと記されていた。いずれも人が読める文字ではない、ネビロスのみが扱える魔法文字のようなもので記されている。
「蘇れ――」
 言いかける。まさに、地獄の監査官にして最高の死霊術師たるネビロスの本領。その魔結界が口を開こうとしたところで――手帳が、消え失せた。
「――――ッ!?」
 さすがに目を剥く。
 それは完全に、状況が味方していたがゆえの成功であった。
 手帳は、ネビロスのすぐ背後、そこに立つジュラルディン・ブルフォード(sn9010)の手にあった。
 魔将が一見してそれと分かる手帳を手にしていたこと。
 そして、彼女が3m以内に近づくまで、気付かなかったこと。
 特に後者はジュラルディン一人では絶対に成しえなかったことだろう。しかし多くの仲間の働きが、彼女の試みを成功させた。
「なんとか、なったな‥‥」
 魔法の腕輪による手帳の奪取。
 成し遂げた今、もはや魔将ネビロスには魔結界を展開することはできなかった。
 そしてそれはこの魔将が丸裸も同然になったことを意味していた。
「おのれェ!」
 鉄面皮を崩して、彼はジュラルディンを邪剣で狙わんとする。
 それを受け止めたのが、竜造寺 巌(si7760)であった。彼は己の身を以て刃を受け止めると、告げた。
「俺は、テメェらがいう愛の押しつけも、世界の終りも、どっちもいらん!」
 グッと拳を握り締め、表面に「BOM!」と刻まれたナックルに、火の魔力が注がれる。
「今度こそ‥‥!」
 そこに、花枝 美咲(sk2703)が天使の環を輝かせる。
 走った光を浴びて、魔神ネビロスは己の身が堕とされたかのような心地を味わった。
「これは――」
 その瞬間、魔神が誇る頑強性は完全に失われていた。そして、
「俺の全部、持って逝きやがれ!」
 放たれた巌の拳が、ネビロスの肉体を討ち砕く。
 爆発は、とことんまで規模を圧縮した、高火力のものであった。
 凝縮された白い光のようにしか見えなかったそれは威力が拳一点に集中した火の魔力。
 いかな魔将といえど耐えきれるものではなく、そして、それは力を放った巌自身の身すらも焼く。
「巌!」
 名を叫んだのは狼牙 隼人(sa8584)で、それが聞えていたのか、巌は彼に向ってナックルを付けた拳でサムズアップをし、そのまま一度息絶えた。
「まだ、終わりじゃないよね」
 言った。エリオット・フレイザー(si0562)だ。
 彼はネビロスの身が砕かれ、霧散化したところを見計らって、自身が錬成した白い小石のようなものを地面に投げつける。
 すると周囲に淡い光が広がって、浮かび上がったのは霧散化したネビロスの霊体であった。
 真っ黒な靄のように見えるそれは、頼りない様子で空中を漂っている。
「ネビロス――」
 アスタロトが、小さく小さく、その名を呼ぶ。
 ネビロスであった黒い靄がSINN達の浄化魔法を浴びて消滅する。その光景を目の当たりにしながら、魔王は目を伏せて、静かに、その場に佇んでいた。
 それが鋼の腹心、魔将ネビロスの最期であった。

●東の門:金色の災禍
 空には、黒く分厚い雷雲が渦を巻き、時々遠雷の音を響かせていた。
 魔結界――神庭。
 金色の魔将バアルが展開する、神罰をもって怨敵を焼き尽くす空間である。
 この空間内にあって、バアルを害する全てのものは、天から降る雷光に打たれる。この場にあってバアルは、絶対の存在なのだ。
「バァァァァァアァァァァァルゥゥゥゥゥ!」
 雄叫びと共に、三つ首の絶対者が鎚を振り上げれば、武器を構えるSINN達に、幾たびかの雷光が落ちる。
「ひ、ひぇ〜‥‥」
 ことあるごとに響き渡る雷鳴に、物陰から様子をうかがっていたメイベリン・クリニーク(se6484)が身を震わせていた。
「大丈夫、これがあればへっちゃらだからさ」」
 と、デミル・ウルゴスティア(sd9633)が彼女に渡したのは、たった今成就したローレムを付与したCROSSだった。
「デミル様‥‥、大丈夫ですの?」
「まぁ、大丈夫だよ。‥‥僕の出る幕、なさそうだし」
 彼は少し苦い笑いを、その顔に浮かべていた。
 動けば傷が痛む。この戦いに参じる前からすでに、デミルの身体は深い傷を負っていたのだ。
「デミル様‥‥」
 再び轟き渡る雷鳴の下では、金色の魔将がSINN達に囲まれながら威風堂々と戦い続けていた。
「ハァァァァァァ!」
 サルヴァトーレ(sc5529)が両手に握ったハンマーに体重を乗せて、バアルの甲冑にそれを打ちつけた。
 重い音。甲冑は凹むまでには至らないものの、バアルの体躯がかすかに傾ぐ。
「そっこだぁぁぁぁ! 超絶! クライマァァァァァックス!」
 サルヴァトーレに合わせて、ビート・バイン(sf5101)が不滅の刃をもってバアルの甲冑を切り裂いた。
「フシャァァァァァァアアアア!」
 三つ首のうち、猫の頭が苦痛か怒りかによってその体毛を逆立たせた。
 だが傾ぎはしても倒れはせず、逆に攻撃直後のビートへ、バアルが矛槍を突き立てた。刹那、解放された雷の魔力が、彼の身体に炸裂する。
「ぐっわぁぁぁぁぁ! こんにゃらぁ!」
 だがビートもくじけない。ダメージより立ち直り、彼は即座に火の魔力を展開し、それを攻撃と共にバアルにブチかました。
 爆音。炸裂の手応え――そのどちらも、彼が考えていたタイミングにはなくて、
「な、んだっ、とぉ!?」
 見れば、バアルの全身がまばゆいばかりの金色の輝きを帯びていた。
 魔法を吸収する魔法。バアルが扱う、悪魔魔法であった。
「バァァァァアァァァァルゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
 そして邪剣が雷を呼び寄せた。
 カルマの力によって、バアルの魔結界が引き起こす落雷こそ考えずともよいものの、それでも、この金色の魔将が持つ力は強大であった。
「くぅ‥‥!」
 雷撃を身に浴びて膝を突くサルヴァトーレへ、バアルの鎚が振り下ろされる。
「させてたまるかァ!」
 間一髪、割り込んできた酒匂 博信(sh4156)の構えた盾が、彼に代わってバアルの鎚を受け止めた。
 盾が衝撃にひしゃげる手応えが、博信の腕に痺れと共に伝わってくる。
「これでもくらえです!」
 魔将の背面へ、御剣 四葉(si5949)がプリティカの聖光を浴びせるも、それすら、この魔将は吸収してのける。
「‥‥随分と、無体な魔法を使うんだな」
 アルフォンス・ヴィヴィエ(sf9647)が苦虫を噛み潰したような顔でバアルの姿を見ていた。
 魔法を吸収する魔法など、エンジェリングにとっては天敵ではないか。
「それでも、負けるつもりは誰もないけれど、ね」
 彼は神に祈りを捧げて、ベルゼブブを睨みつけた。
 睨まれた魔王は、楽しげに短い腕を震わせて、
「僕ハなにモじナイでイイがラ楽だねェ〜」
 ケラケラと笑い続けている。その笑み消すことは、まだ、できずにいた。

●西の門:契約の獣たち
 時間が経過するにつれて、戦場には変化が生じてきていた。
 はじめはSINN側と敵側の単純なぶつかり合いであった戦場の構図が、二つに分かれていた。
 すなわち、対ガルバ、そして、対ルキフグス、という形である。
「いくわよぉ〜ん」
 あまり気迫のこもっていない声でありながら、しかしその動きは鋭く、クドラクの群れを突破したニーチェが、アークがそうしたように手のひらに生み出した太陽を掲げてガルバへと駆けていく。
 吸血鬼の『王』は悠然と佇んで、彼女を歓待するかのようですらある。
 生み出した太陽は半ばニーチェの予想通り、ガルバに届く前に消失した。その範囲は、彼の周囲1mといったところか。
「やんなっちゃうわねぇん」
 軽口を一つ残し、背後に迫る熊のクドラクにトリッキーな蹴りをお見舞いしてガルバから離れる。
 ヴラド、なのだろう。
 かつて見せた広域の光を遮断するものとは違う、狭い範囲の光を完全に消失させるヴラド。と、思われた。
「さぁ、それで終わりではないだろう? 次を見せてくれ。この世界の勇者達」
 佇んだまま、余裕をにじませる声色で、ガルバはそう言った。
 そしてもう一つの戦場、魔将ルキフグスを中心としたそこでは――
 ――何だ?
 アルベルト・ルードヴィッヒ(sa0074)は違和感を感じていた。
 彼が手にしているのは拳銃。魔力を帯びた弾丸を撃てる優れ物で、今も二発、クドラクに叩き込んでやったところだが、その傷が、再生していったのだ。
 クレスニクがそれを使うように、クドラクの中にもルーガルを操る者はいる。
 そしてルーガルの中に、再生能力を身につける魔法もある、の、だが――
「それにしても、酷くないか?」
 思わず、呟いていた。
 傷の治りが速すぎる。まるで、巻き戻し映像を見ているかのようなそのでたらめな再生速度は、まるで最上位の吸血鬼のようである。
 そして同じような違和感を、複数のクドラクを相手取っていた奏一朗もまた感じとっていた。
「なんだァ、テメェら‥‥」
 彼の持ち味は獣化した上での継戦能力、そして優れた手数の多さである。格闘者としても一流の彼が、だからこそ感じた違和感は――
「効いてねぇな? 半分くらいか‥‥」
 そう、攻撃が通じていない場合がある。
 全てではなく、およそ、半分ほど。手応えがおかしい。
「ケヒャア!」
 と、けったいな声を出すのはトカゲのクドラク。
 奏一郎がそちらに意識を向け、そして感じた危機感より、とっさにその場から退くと、直後にそのクドラクが振り下ろした拳が地面を叩いた。
 一撃。その一撃で、地面に放射状に亀裂が入る。
 とんでもない。ただの拳が生み出せる威力ではなかった。
「この人たちは‥‥、ただのクドラクでは、ない‥‥!?」
 感じている違和感を、言葉という形で出したのは、ナイ・ルーラ(sb0124)であった。
 超再生能力を有する者。
 竜のように威力を殺す表皮をもつ者。
 逸脱した膂力を持ち、破壊的な攻撃力を持つ者。
 いずれも、先ほどまではいなかった者たちだ。この場で初めて遭遇する――この場で?
「まさか、ルキフグス‥‥!」
「ええ」
 その短い返答は、ナイの疑問に対する何よりの解答だった。
 それまでずっと沈黙を保ち続けてきた、この黒眼の執事は、誇るでもなく、かといって控えるでもなく、ただ自然体で、何気なく答える。
「私は『望む能力を与える魔法』が使えるのですよ」
 語った内容は、それこそ、悲鳴が出るようなものだったが。
「他の魔将達と違いまして、私には戦う力などなく、使えるものといえば逃げるための転移と、この魔法のみ。何ともみじめでございましょう」
「ホザけ! つまりは貴様を叩けばいいということ。ならばその口、今すぐにでも塞いでやろう!」
 バイクで一気にクドラク達を蹴散らして、ディミトリエ・シルヴェストリ(sb9264)がルキフグスへクロスボウの狙いをつける。
 しかし魔将の姿は、狙った次の瞬間には掻き消えて、ディミトリエは舌打ちと共にバイクを反転させた。
 炎のブレスが彼を巻き込んだのは、その次の瞬間。虎のクドラクによる、自身の仲間を巻き込んだ暴挙であった。
「グゥ‥‥!」
「だ、大丈夫‥‥?」
 さすがに一度退いたディミトリエや、戦いに傷を負った者達へ、三輪山 珠里(sb3536)が古びた書を片手に癒しの魔法を成就する。
「実に恐ろしい。たまらず逃げてしまいました」
 再び転移し、クドラクの壁の向こう側へと逃げたルキフグスが、慇懃に言う。
 だが自身で言うとおり、この魔将は戦う力という点については確かに、他に比べて欠けている。それを立証するように――
「逃げられない状況であれば、どうしようもないということだな!」
 魔将は、死角より迫るシグルフリート・ウォールター(sp9359)の存在に気づくことができなかった。
 空よりミミズクの獣人はまずクドラクの群れへ咆哮を浴びせる。
 それは聞いた者に幻覚を見せ、群れの統制が一瞬、乱れた。
 シグルフリートは頭上を越えて、己が手にする大鎚を、勢いのままにルキフグスへとブチ当てる。
「む、ゥ‥‥」
 黒き執事の余裕が、その一撃に吹き飛んだ。
 ダメージに身を曲げるルキフグスを、さらに、二度目の突撃をかましてきたディミトリエと、同乗するアルベルトが攻め立てる。
「ルキフグス!」
「いい加減に、沈みなよ!」
 魔力を帯びた矢を何発も受け、重ねてアルベルトのプリティカを浴びた魔将は、「いけませんね」と小さく唸った。
「‥‥些か、前に出すぎましたか。分を弁えぬ者には当然の罰ですな」
「まだ軽口を叩くか!」
 凄むディミトリエに、ルキフグスは「いえ、いえ」と軽く手を振って、
「これは私めの失態。ゆえにこの場は私の敗北でしょうな。大人しく降伏いたしましょう」
「‥‥悪魔の言葉を、信じろと?」
 さすがに警戒するアルベルトだが、しかし魔将は、
「その言葉もごもっとも。ですので、こういたします」
 パチンと指を鳴らす。すると、
「――グ?」
 それは小さな声だった。
 だがそれは同時に、悲鳴だった。
「あらぁん?」
 ニーチェが戦っていた超再生能力を持つクドラクも、小さく声を上げて倒れ、それは立て続けに起きていった。
 倒れるクドラク達。その全てが、ピクリとも動かなくなり、SINN達は、この状況に唖然となる。
「何を、した‥‥?」
「『降伏の証』を立てたのですよ。そう、『契約』を破棄することで」
「破棄、だァ‥‥?」
「武器を捨てるのと同じと思っていただければよいかと。私が彼らに与えた力を失わせることで、『降伏の証』とした。それだけでございます」
 言うルキフグス。だがこの状況は、それだけにとどまらないことは明白だ。
「この、クドラク達は‥‥」
 問うナイに、ルキフグスはすでに終わったことを、そのまま答えた。

「ええ、死んでおりますね」

 黒眼の悪魔はそう答えた。
「彼らは命を対価としたのですから。当然、『契約』が破棄されれば、支払われたものも失われますな」
「ルキフグスゥゥゥゥ!」
 ディミトリエが叫びと共に射った矢はルキフグスの胸に深々と突き立った。
 それでも、魔将の表情に、なんら変化は訪れず、
「これをもちまして、こたびの私めの出番は終わりとさせていただきましょう。それでは皆様、次は、最後まで――」
 そして黒眼の魔将の姿は虚空に消えて、場には漂う黒い霧と、戦いもそこそこに、『降伏の証』という一方的な理由で命を奪われたクドラク達の数多の亡骸。
 SINN達は、言葉も出せず、場に立ち尽くす。
 そこに、拍手の音が一つ、軽快に響いた。
「素晴らしい。意図せずとはいえ、大した悲劇ではないか。やはり筋書きにない展開こそが面白い」
 ガルバであった。
 彼を取り巻くクドラク達は、仲間の理不尽極まる死に様を目の当たりにしても、全く反応せず、『王』を守るように立っている。
 夜魔の呪縛。それは同胞の死を嘆くことすら赦さない、無情なる束縛であった。
「おまえ達も手間が省けたではないか」
 その言葉は、燻ぶるSINN達の心に、新たな怒りの火を灯すのに十分だった。
「――そう、それでいい」
 ガルバは青ざめたその肌に、鮮烈なる笑みを浮かべる。
「所詮、この身は客演。されば、いっときでも長く楽しみたくあるものよ」
 佇む吸血鬼の『王』へと向かって、SINN達は再び、挑んでいった。

●封印の祭壇:聖槍の意味
 戦いが続いている。
「カリスッ!」
 御剣 キョウ(sp0401)が懐へ飛び込むと、炎咲くナックルを異形の少年へと思い切りぶつけた。
 会心の手応え。炎はカリスを包み込む。
「っがァ!」
 しかし気合一拍。それによって炎は掻き消えた。
 だが直後、カリスの身を、アメリア・ロックハート(sh1732)が狙いを付けた拳銃の一発が射抜いた。
「‥‥やってくれるねェ!」
 その一発が彼の勘に障ったか、カリスはアメリアへ突進してきた。
「やらせねぇ、よ!」
 間一髪、カミーユ・ランベール(sf0920)が身を呈してカリスの骨剣を受け止め、痛みに耐えながら、対悪魔用にカスタマイズされた拳銃をぶっ放した。
 弾丸は肩に命中。勢いを殺されたカリスがフラリと足を傾げさせたところへ、アウグスト・ソウザ(sa2367)がカリスの背中に思い切りハンマーを打ちつけ、ダメ押しに火の魔力を炸裂させる。
「グアアアア!?」
「オイオイ、嘘だろう‥‥?」
 爆裂に身体吹き飛ばされる少年を見て、アウグストはむしろ信じられないといった顔をした。
 今の一撃、隙を狙ったとはいえ大ぶりで、決して避けるのは難しくない一撃だったのだが。
「驚かせてくれるよ‥‥」
 カリスが起き上がる。発動したエルプティの威力は、どうやら鱗によって相殺されているようだ。
 アウグストは思った。カリス自身は、決して強くない。本人の戦闘に関する技量は、いっそ素人と断じてもいいほどだ。
 しかし持っている能力が厄介だった。
「マリア‥‥ッ!」
 ズカズカと、歩法も何もあったものではない足取りで、カリスはマリアへ迫ろうとする。
「マリア、マリアと、しつこい男は嫌われるのよ!」
 マリアや自身の姉を背に、玖月 絢紅(sh4500)が重力波を思い切りカリスに撃ち放つ。
 その威力にカリスは吹き飛ばされて、マリアとアリアの間をを遮るものが、なくなった。
「あ‥‥」
 と、マリアがそれに気づいた。
「マリアァァァ!」
「通行止めだぜ、お兄さん。絢紅の言ったこと、聞えてなかった?」
 立ち上がり、大きく瞳を開いたままのカリスへと、日向 蒼伊(so6943)が言いながら弾丸の雨を浴びせる。
「ちょっと、邪魔しないでもらえますか?」
 クラリーチェ・ラグランジュ(se5708)も、刀を構えてカリスへと立ち向かわんとしていた。
 彼らにはマリアを守ること以上に、玖月 水織(sh0007)を援護するという目的があった。
 水織は己の願いを手にした素材に込めて、アルケミーを続けていた。
 一方で、マリアがアリアへと、呼びかける。
「アリア!」
 名を呼んで、しかし、そこからどうすればいいのかが、彼女には分からない。
 アリアからも、返答は何もない。
「マリア、思い出すんだ。あのときを」
 悩むマリアの肩を、アントーニオ・インザーギ(sa5938)がポンと叩いた。
「魔王と歌ったあのとき、想いは通じてたはずだ。今だって同じだ。そうだろ」
 と、彼はマリアに、それを渡した。
「使え。とっておきの魔球だ」
 渡されたのは、一本のマイク。それは足元の小型スピーカーと繋がった、アルケミーによる品だった。
「こいよ少年。そんな事やってないで野球の方が楽しいって教えてやるぜ」
 そしてアントーニオは盾を構え、カリスを挑発するようにそう言った。
 マリアは、渡されたマイクを両手で握って、そして、まだ逡巡していた。
「マリア様――」
 そっと、媛 瑞玉(sd3404)がマイクを握る手に自分の手を重ねてきた。
「言いたいことを、言えばいいんですよ。いつも私がそうしてるみたいに」
 説得力のある言葉だった。
 そして瑞玉はウインクを一つすると、己の身を魔法で加速して、カリスへと向かっていった。
「お久しぶりですわ。お元気してらして?」
「またうるさいヤツめ、消えてしまえェ!」
 喚くカリスに向けて瑞玉は「哀しいですわ」と嘯きながら、骨剣と己の伝承武具をぶつけ合う。
「私も瑞玉さんと同じ気持ちやなぁ」
 マリアへ、郡上 浅葱(sd2624)がそう告げる。
「私な、アリアさんをガツンとどつきたいと思うてたん。決断する前にやることあったやろ、ってな」
「それは‥‥」
「だからな、マリアさんも思ったこと、ガツンと言うとええんや」
 浅葱の言葉が、マリアの心を後押しした。彼女はうなずくと一言、「ありがとう」と礼を言う。
 そしてマリアは一度深呼吸をしたのち、

「アリア、聞いて!」

 スピーカーによって拡大された彼女の声が、聖堂内に響き渡る。
「‥‥‥‥」
 無言のアリアが、マリアから目を逸らした。
「このまま、何も分かり合えないままで終わりなんてないよ。そんなの、絶対受け入れられないよ!」
 彼女は叫び続ける。その胸にため込んできたもの。その全てを。
「何も言わないで、知らないまま終わったら、私、死ぬまで後悔するんだから!」
 マリアを後押ししたのは、彼女と共にこの場にやってきたSINN達だ。彼らがいて、今のマリアがいる。
「私達、姉妹なのに、こんなの哀しいよ!」
 そしてアリアの無表情が、ひび割れた。
「‥‥‥‥ッ!」
 少女は、強く唇を噛んで、身を震わせる。
 声が届いた。それを、場にいる全ての者が実感する。
「アリア!」
 そして彼もまた、神の子としてではなく一人の人としてのアリアを案じて、今、声を上げた。
「キミがしようとしてることは、マリアの言葉を振り切ってでも、やらなきゃいけないことなのか!」
 神代 翼(sb3007)の声は、マリアにも、アリアにも届いていた。
「そんなに苦しそうな顔をして、アリア、君は何がしたい?」
「私‥‥は‥‥」
 小さく、本当に小さく、唇より、呟きをアリアが漏らした。
 だが――無粋な哄笑がアリアの言葉を塗り潰す。
「本当に、本当に馬鹿馬鹿しいな、アリアァ!」
「カリス!」
 その言葉に、翼は怒りをもって彼を睨む。
「えー、カリスさん、ちょいと無知な私らに教えてもらえませんかね。あなたの憎悪と苛立ちは、どっから来てるんですかね?」
 尋常ならざるカリスの様子に、茂呂亜亭 萌(so4078)が伺いを立てる。
 するとカリスは答えた。これまでになく、強い調子で、
「そんなもの、神に決まってる! 神なんかに、どこまでも、どこまでもいいようにされて‥‥! ムカつくんだよ!」
「それってベリアルと同じなんですかー?」
 メイリア・フォーサイス(sa1823)は、かつてカリスが残した言葉を思い出していた。
 ムカついていたから。
 それが、ベリアルが人を裏切った理由だと、カリスは語っていた。
「そうさ‥‥。そうだよ! あの方が人を裏切った理由は僕と同じさ。同じだ! そうさ、たった一人を奪われた!」
 魔王の眷属となった異形の少年は叫ぶ。

「僕の妹は、マリア一人だけだ!」

「――――え?」
 マリアの顔が、青ざめた。
 カリスの叫びは続く。尽きぬ憤怒、尽きぬ憎悪をその声と共に燃やしながら。
「神はマリアに、『神の子』なんていうつまらない役割を押しつけた! たった一人の僕の妹に、世界なんていうどうでもいいものを背負わせたんだ!」
 神の子。それは、アリアやカリスも、ではないのか。
「待って‥‥、じゃあ、アリア、は‥‥」
 震える声。その言葉に、カリスは答える。残酷にも、答えてしまう。
「アリアは装置だよ、マリア。世に終わりが近づくとき、天より遣わされる『罪の女』という装置なんだ。その役割は人の世の全ての『罪』をその身に背負って『罰』を受け、己の命と共に天に帰し、世界を清めること」
「‥‥何、言ってるの」
「分かるように言おうか――」
 そしてカリスは皆に告げた。マリアの役割、アリアの役割、聖槍のその意味を。

「マリアが聖槍でアリアを貫いて殺す。それが世界の『黒い霧』を晴らす、唯一の方法なのさ」

 SINN達が、揃って声を失った。
「そんな、の‥‥」
 マリアの声は、か細い。カリスは笑っている。
「真実さ。かつてそうやって世界は救われた。そう、ルークス・クライストはそうやって『黒い霧』と君達が呼ぶ世界の『罪』を浄化したんだ」
「‥‥バビロン」
「『罪の女』、『大淫婦』。聖書には載ることがなかった、ルークス・クライストの妹。‥‥アリアは、その本人さ」
 先ほどまで戦いの音が響き渡っていた聖堂内は、静まり返った。
 アリアが崩れ落ちる。そしてただ一言、皆へ、「ごめんなさい」と、告げた。
「君はこの時代の救世主として神に選ばれてしまったんだよ、マリア‥‥」
「馬鹿な‥‥! そんなこと!」
 気色ばむ翼に、だがカリスは笑って返す。
「本当だよ。先生が教えてくれた。だけど僕はそんなことを、マリアにやらせたくはない」
「ルシファーに利用されているだけではありませんかー?」
「例えそうだとしても、それがどうしたのさ。救世主なんていうくだらない宿命をマリアに背負わせた神を殺せるなら、僕は何だってする!」
 メイリアへのカリスの叫びは、血を吐くようであった。
 そこに込められた怒りと、そしてマリアへの想いが真実であろうことは、誰もが察していた。
「――それでも、あなたは違うのですよ」
 だが実和 真朋(sn6429)が、カリスを否定し、その槍で彼を貫く。
「ベリアルさんと、あなたが同じ? あなたは、ただ独り善がりに走っているだけじゃないですか」
「‥‥そうだよ」
 水織が、己が錬成した鍵を手に、カリスへと歩み寄った。
「グッ、‥‥おまえ、ら――」
「あの人を嗤ったあなたは、許さない」
 水織は鍵を両手で握り、静かに祈る。
 すると鍵は淡い光を放ち始めた。そして真朋の槍にもまた、彼女自身が錬成したクリームが塗ってある。
 それはいずれも、カリスに吸収された魔王を呼び起こし、解離させるためのもの。
「オ、オォォ‥‥!」
 苦しげなカリスの声。彼の身は強張り、震え、そしてその背から、三対六枚の赤い翼が飛び出した。
 成功した!
 水織が思う。だが――

「余計なことを、しないでくれないか」

 カリスから紡がれるその声は、陽炎の魔王のもの。
「ベリアル‥‥」
 魔王の言葉に、水織は固まった。
「私は納得してこの少年の力となったのだよ、お嬢さん」
 魔人の口を借りて、魔王は語る。
「彼が語る通りだよ。私の中には憤りがあった。我が友ルークス。人として生まれ、救世主となった彼。では彼自身の人生はどうなる。彼の幸せは? 世界のため、人類のため、見ず知らずの有象無象のために浪費されるのが彼の人生だというのか。あまりに馬鹿馬鹿しい話だ」
 それは、今まさにカリスが語ったことと同じ理由だった。
「世界の全てが彼を救世主と称えるのならば、それを許せない私は世界の敵となるしかなかった」
「でも、あなたは寂しげだった! あのとき、最後に見せたあなたの顔は――」
「黙りたまえよ、ルークスの後継者」
 水織の叫びを、しかし少年の身体を借りた魔王は切って捨てた。
「常にルークスと共にある君達が羨ましかったよ、SINNの諸君。ああ、それは確かだ」
 異端の王はそれを素直に認めた。そして六枚の翼が、それこそ、陽炎のように消え失せて、
「私は宿願を果たせなかった。だからこそ、後は君に託そう、カリス――。神を、殺せ」
 強張っていた身体から力が抜けて、少年は、おもむろに己を貫く槍を掴み、それを強引に引き抜いた。
 俯いていた顔がゆっくりと上がって、何も言えずにいる水織を赤い瞳が射抜いた。
「だから僕は――神を、殺す」

●南の門:女神の憂い
「これで、大丈夫です」
 エティエンヌのCROSSから溢れる光を浴びて、巌の肉体にかすかながら生命の活力が戻ってきた。
 彼の蘇生が完了した頃、戦場ではSINNと魔王が対峙していた。
「さぁ、いらっしゃい。神のいとし子たち。私は、あなた達の声も、心も、受け入れましょう」
 黒く光る槍を構え、立つその姿は、いっそ優美ですらある。
 海魔の王が持つ荒々しさとも、陽炎の王が持つ儚い優雅さとも違う、大地に根を下ろした、まさに文字通りの巨木大樹の如き力強さが、そこにはあった。
「でしたら、これも受け入れてもらいましょうか」
 眼前に立つ偽りの慈母に、スィニエーク・マリートヴァ(sj4641)は言うと、片腕を掲げて合図をする。
「はいは〜い」
 と、その合図を受けてレイメイ・ウィンスレット(so0759)がアスタロトへと発砲する。
 それは魔王の力にわずかながらでも制限を加える伝承の武具。弾丸は魔王の肩へと着弾し、そして、合わせるようにスィニエークが弓を弾く。
 放たれた矢は、だがアスタロトの槍によって造作もなく払われた。
「その程度なのですか」
 臆面もなく言う魔王に、レイメイが銃を下ろして問いかけようとする。
「何か、チグハグだわ。‥‥戦力の逐次投入なんて、本当に考えた上での戦術なの?」
 それは、この戦いが始まってからずっと彼女が感じていたことだった。
 半魔の軍勢、魔将ネビロス、そのいずれもが各個撃破されている。
 そのように、【巨木の軍勢】が状況を作り出してきた、というのが最も大きい理由だろう。
 愚策であり、下策だ。
 最も軍勢らしい軍勢と呼ばれた彼女達が取る戦法として、これ以上に愚かしい選択はありはしないはずなのに。
 魔王は何も答えない。元々、レイメイも答えを期待していたわけではない。
 しかしこれはまるで――自ら滅びの道を辿ろうとでもしているかのような‥‥
「口よりも、手を動かしてはいかがですか?」
 いつの間にか、魔王は彼女の懐にいた。接近に、気付くことができなかった。
「しまっ‥‥!」
 魔王の拳がレイメイの腹を打って、彼女の意識はそこで途切れた。
「魔王!」
「その業は見事。なれど――」
 スィニエークの矢を祓い、間合いを詰めたアスタロトが、ドレスをひらりと回せながら、、鋼鉄に包まれた足で蹴りを一発。スィニエークの意識もそこで断絶する。
「次は、どなたが‥‥?」
「‥‥俺だ」
 烏ツ木 保介(sd0147)が、アスタロトの前に立つ。
「何か、聞きたいことがおありのようですね」
 保介の表情を一目見るなり、魔王はそれに気づいた。
「こっちは、聞きたいことだらけだ‥‥」
 その一言を皮切りに、保介の口から次々、疑問が紡がれ始める。
「おまえ達は何なんだ。お前達が創造主ならば、何故この世界を去った、そして何故戻ってきた」
 しかし魔王は答えない。
「結局はお前達も不完全なんだろう、だから神の作った完全な世界に固執する」
 しかし魔王は答えない。
「魔王などと言っても他の悪魔とそうは変わらないじゃないのか」
「‥‥その通りですね」
 そして魔王は答えた。
「あなたの言葉は、概ね正しいと言えるでしょう。ただ一点を除いては」
「‥‥何だと」
「世界が完全であるはずがないでしょう。それは、あなた達も常々感じていることではありませんか」
 その指摘に保介は唸る。
 彼自身、神という存在への疑念、教えへの疑問を晴らしきれずにいる身である。
「神のいとし子。そう呼ばれながら、しかし実情を鑑みれば、明らかになるのは不完全性ばかり。それで、この世界が完全であると、何故言えるのでしょう」
 魔王の言葉は、彼に向けてではなく、どこか遠くに向けられているようでもあった。
「あなたの言う通りに、かつて私達はあなた達が神と呼ぶ存在と共にこの世界を創りました。そしてルシファー様と共に天より堕ちて、魔の住まう場所、魔界を創りました」
 そこで、アスタロトがした行動は、ため息であった。
「結局、出来上がったのはまたも不完全なる世界。だから、戻ってきたのですよ。やり直すために」
「‥‥やり直す?」
「そうです。それがあなたの問いへの答え。この世界はすでにその不完全性を露呈してしまっている。だからやり直すのですよ。人を滅ぼし、神を滅ぼし、全てを零に戻すのです」
 アスタロトが、それを言いきった直後、アドリアン・メルクーシン(sb5618)が飛び出した。
「何が慈母だ――! 戯言をほざくな、悪魔が!」
 何か情報を得られるのではと、そう思って我慢していたが、しかし結局魔王の言葉は全て、彼の心を逆撫でするものでしかなかった。
 ならばここは戦場、怒りをそのまま力として行使すればよい。
 轟と噴き上がる炎が、アドリアンの身を包みこむ。ファナティスマ。狂おしき怒りを源とする、限界突破の魔法である。
「それでよいのです、人の子よ」
 アスタロトがアドリアンを迎え撃つ。
 保介との問答の間、しばし和らいでいた戦場の空気が、再び空間に張り詰める。
 銃声と、槍が弾丸を弾く甲高い音。そこに重なるアドリアンの咆哮は、人でありながら獣じみていた。
「俺も混ざらせてもらうぜェェェ!」
 隼人が、剣を手に突っ込んできた。
 魔法により高速化されたその身を躍らせて、彼の剣が、拳が、黒曜の女神に牙を剥く。
「――まだ」
 だがアスタロトは冷静だった。
 手数ではおよそ敵わず、攻撃手段の豊富さでも同じこと。
 世界を塗り変える魔界創世にしたところで、それをさらに塗り替えるカルマの力を持つ者がいないはずがない。
 およそ、魔王という存在だからこそ、この場に立てている。そうでなければ滅ぶ。それだけの話。
 アスタロトの脳裏によぎるのは、つい先刻死したカインや、滅びたネビロスの姿であった。
 ――許せとは言いません。私は、悪い母でした。
 それだけを呟く。そして、
「‥‥カリスに吸収なんてさせねぇぞ」
 背後に転移した隼人に言われ、アスタロトはその瞳を見開いた。
 それこそが、彼女が、まさにこれから成そうとしていることだったからだ。
「離れろ!」
 隼人の叫びに、近くにいたSINN達が即座に飛びのいた。
 そして彼は手にした懐中時計に魔力を注ぎ込む。すると時計は起動して、ごく狭い範囲の時間を、完全に停止させる。
「ウオオオオオオオオ!」
 刀身に「楽」と刻まれた刀が閃いて、時が止まっているはずの魔王の身を刻んだ。
 時計の効果が終わり、魔王の時間が動き出す。アスタロトは自身に起きていることを即座に理解し、槍で己の身を支えた。
「沈め、悪魔よ!」
 ダメ押しの、アドリアンの弾丸は、魔王の力によって阻まれるも、炸裂した重力波が彼女を派手に吹き飛ばした。
「かは‥‥」
 壁に叩きつけられて、アスタロトは小さく、息を吐いた。
 なんと雄々しく、勇ましい子らであることか。
 人とは、これほどまでに強くなれるものなのだと、アスタロトは改めて思い知る。
 ――だからこそ、賭けようと思ったのだ。
「イケる、畳みかけましょう!」
 レイジが武器を手に魔王へ迫る。しかしアスタロトの姿は滲むようにして薄らいで、その身はいきなり消失した。
「‥‥な!?」
 SINN達が辺りを探す。だが、魔王の姿はどこにも見当たらない。
「祭壇に、多分、向かっています」
 言ったのは、ニコラ・エフィンジャー(sd5801)だった。
 彼女はアスタロトに、アリークアムの魔法を既に施しておいたのだ。
「追わなければ‥‥!」
 SINN達は『死海聖堂』の門を開け、その奥にあるはずの封印の祭壇へと急がんとする。
 【巨木の軍勢】は壊滅した。魔王が残っていても、もはやそれは壊滅と呼ぶしかない状態にまで追いやられていた。
 しかしそれが、そもそも予定通りの行動なのだとしたら――
 SINN達は未だ勝利の実感を得られないまま、聖堂の奥を目指すのだった。

●東の門:飽食の王
「こぉぉぉぉぉぉのォォォォォォ!」
 厳島 雪花(sp0998)が魔力を纏わせたライフル弾をベルゼブブに向けて連射する。
 だがそれは果たして効き目があったのか、ドロドロと垂れている魔王の身体に、弾丸は一度は穴を穿つも、上から流れてきた粘液状の肉によって穴はすぐに埋められて、傷など一切残っていなかった。
「グブゥ、今、何ガジだがなァ?」
 人の形を中途半端に崩したようなその顔に、深い深い笑みが刻まれた。
 ヴェルンハルト・ラヴィーネ(sp3868)も手にした拳銃でベルゼブブを撃つが、やはり結果は変わらず、「ダメだな」と小さく呟くのみだった。
「きっしょい身体しやがって‥‥!」
 エルマ・グラナーテ(sj0377)が毒づいて、その瞳に聖痕を刻み魔王を見据える。
 それは悪魔の真名を看破する魔法。
 一目見ればその悪魔の真名に繋がる風景が脳裏に浮かぶ。の、だが――
「‥‥‥‥うっ」
 頭蓋骨の中を、無数の蛆が這いずるような不快感だった。
 エルマは耐えきれずにその場に膝をついてしまう。嘔吐しそうになるのを必死にこらえながら、気丈にも面を上げて魔王を睨みつけた。
「な、に、しやがったぁ‥‥」
「なニモジでないよォ? 情報が多ズギで、脳みゾがパンぐしゾうになっだんぢゃなイガな?」
 恐ろしいことを、この魔王は平然と述べる。エルマの苦し紛れのスピニアムも、ベルゼブブは軽々しく払いのけてみせた。
「僕トバアルに勝デるワゲないのニ、よグやるねェ。グブ、ぶフフゥ」
 巨体をゆすって笑い、その粘液の雫を散らす魔王の言葉を裏付けるかのように、魔王の背後に雷の柱が突き立った。

「バァァァァァアァァァァァルゥゥゥゥゥ!」

「こン、の!」
 上空10mほどの位置に滞空している魔将バアルを、鷺沼 妙子(sp1602)が苦く睨みつける。
「タエ!」
 雷に焼かれ、肉の焦げるにおいを漂わせている彼女に、駆け寄った児玉 初音(sp1503)が大慌てで魔法による治癒を施した。
 金色の輝きを帯びたバアルの強さは、多対一の状況でこそ活かされる。それを思い知った気持ちだ。
 この場には、かつて南極でバアルと同じく【懐の階位】に数えられる魔将ベヒモスと戦った者達もいる。その全員が、ひしひしと感じていた。
 ――バアルはベヒモスに比肩する、あるいは、凌駕するやもしれぬ、と。
 雷は、その威光、その烈しさより、かつて人が神と崇め奉った自然現象である。
 それを自在に操る金色の魔神バアル。
 数多の激戦をくぐり抜け、伝承に歌われる武具すらも現代に蘇らせて携えるSINNをしても、その存在は厳然たる脅威であった。
「かみさま‥‥」
 ハルキュオネ・バジレア(sh3934)は神に祈った。
 いつものように、ではない。常時であれば緩やかな笑みが浮かんでいる彼女の顔に、うっすらと恐怖の色が浮かんでいた。
 その儚き祈りの最中にも、魔将の圧力はSINNを押し潰そうと猛威を振るう。
 だがあえて、ここに明記してしまおう――この直後から、流れは変わる。と。

「いつまで調子に乗っているつもりだ、この、超合金愛玩家畜両生類め!」

 その勇ましい声は、バアルがいる場所よりもさらに高所より発せられた。
 三つの首が同時に上を向けば、そこにいたのはライラ・ルシュディー(sb2519)。
 右手の人差し指を、バアルへと向けている。
「うむ、よく見えるぞ。その、バアルの戦鎚がな!」
 声は、指定するためのものだった。
 指先から撃たれた淡い光の矢が、鎚の柄を直撃。そこにピシリと亀裂を入れる。
「もう一発、喰らわせてくれる!」
「バァァァァァァァアアァァァァァァァルゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!?」
 重ねて放たれた光の矢に、鎚は鋭い音を立てて爆ぜ折れた。
 魔将の赤い瞳がひときわ強く輝く。全身に纏う怒気が膨れ上がるのが、ライラにも伝わってきた。
「悪いが――」
 だが彼女は、臆することなく、今度は指先ではなく手のひらを、バアルへと差し向けて――
「私の方が遥かに、ずっと、凄まじく、どこまでも――怒っているのだァァァァ!」
 その手のひらより、放たれるのは重力波。
 最高の域にまで鍛え上げられた彼女の魔法が、輝きを帯びた魔将の身体のど真ん中に命中した。
 それが魔法であるならば、威力を問わず、今のバアルは吸収し、その魔力を己の力と変えてしまう。
 はずなのに、それは確かに、魔将のど真ん中を貫いていた。
「ゲゴ、ゲゴゲロォォォォォォォォ!?」
 当たり前だ。
 ライラは今、人にな成しえない奇跡を体現しているのだから。
 超重力を叩きつけられて、バアルの身体が地面に向かって落下する。その、魔将の直下には――
「ここが、あたしの命の切りどころ‥‥!」
 全身に感情の炎を纏った、妙子がいた。
 彼女は腕輪を握ると、浮遊の魔法を成就し加速、バアルとは逆に急上昇する。
 そして構えるのは伝承の中より蘇ったデュランダルの銘を持つ剣。重厚かつ無骨なそれに、彼女はありったけの力を込めて、
「いっけェェェェェェェェェェェ!」
 思い切り突き立てた。
 落下しているものへ、下から全速上昇する者が、剣を突き立てる。
 よほど頑丈か、そうでなければ不朽の力でも備えた武具でなければ、この一撃の身で砕けていただろう。
 それほどまでの衝撃。そして2mにも及ぶ長大な一振りは、完全に根元まで魔将に食い込み、切っ先は完全に貫通していた。
「バァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?」
 それは咆哮ではなく、悲鳴だったのだろう。
 ギシギシと、黄金甲冑の軋みが妙子にまで伝わってくる。
 だが同時に妙子の肉体もまた、過度の負担によって確実に軋み、傷んでいた。
 数々の魔法によって補強されているといえど、彼女は、人間なのだから。
 悪魔一体と人間一人。
 落下と上昇。
 競り勝ったのは上昇する人間。
 己の武器に魔将を串刺しにしたまま、妙子は減速せずにさらに上昇を続けていく。
 このまま、バアルが息絶えるまで――

「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 絹を裂くような猫頭の高い鳴き声。
 右腕に掴まれたままのバアルの矛槍が、下に向かって突き出される。
 位置取りが悪かった。としか、言いようがなかった。
 雷を帯びたその穂先は、妙子の、顔面を貫いていた。
「ああああああああああああああああ!?」
 鋭いものが肉を破り、骨を貫く感覚は、痛みよりも灼熱としか呼べず、迸った悲鳴も噴き出した血に気道が塞がれたことで途絶えてしまう。
「バァァァァァアァァァァァルゥゥゥゥゥゥゥゥ‥‥!」
 そして炸裂する、矛槍の雷撃。
 外側からではない、内側からその雷撃は妙子の身を苛んだ。
 悲鳴すら出ない。気道をふさいだ血液は、雷撃の高熱に蒸発し、細胞は瞬くに焼かれて炭化し、手が、足が、爆ぜて千切れ飛ぶ。
 だが彼女は、死なない。死ねない。己が装備する聖面の、その超常的な力によって、一分間はこの責め苦の中で生き永らえなければならないのだ。
 致命的だったのは、妙子が奇跡の発現に失敗していることだった。
 それが叶えば、彼女の身は短時間とはいえ、手にしている剣と同じく、不朽の力を宿していたのだから。
 死なないだけの、壊れかけた心の中で、妙子はただ一言、末期の呟きを発する。

 ――はつ、ね‥‥

「タエェェェェェェェェェェェェェ!」
 兆しがあったわけではなかった。
 けれど初音は、気がつけば、空を見上げて叫んでいた。
 力の限り、のどが痛くなるまで、ただ叫んで――想いが奇跡を発現する。
 腕も足も、目も骨も、脳さえも炭と化しかけていた妙子の身体が、今この瞬間、取り戻された。
 削られ、砕かれ、消えつつあった妙子の自我が、そのとき怒りと共に復活した。
「バアルッ!」
 妙子は上昇をやめて、デュランダルをバアルの身体から一気呵成に引き抜くと、空中にあって体勢を整えていない魔将に渾身の力を込めてその巨刃を振り下ろした。
 聖なる力を宿した刃は、その一閃によって、受けとめようとしていた矛槍を、魔将の蛙の頭部ごと押し潰し、へし折った。
「ァァァァァァァァァァァルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!?」
 叫びを響かせながら、魔将は再び、地面へ墜落していった。
「‥‥つかれ、た」
 空中で、妙子は大きく、息をつく。なんだか、一気に力が抜けた。
 そしてバアルはそのまま地面に叩きつけられる。
 魔を帯びたその身体は、物理力でどうにかなるものではなかったが、しかし、きっとそこにも、神の采配は働いていたのだ。
「ナイスなポイントだ」
 二つの奇跡によって追いつめられた金色の魔将。
 されど決着をつけるのは、奇跡ではなく、人の業。そして人の力だ。
 ダニエル・マッケラン(so1035)が、金色の魔将との戦いに、決着をつける。
「バ、ァ‥‥」
 バアルがヨロリと、力ない足取りで立ち上がる。
 壮麗であった黄金甲冑は度重なるダメージにひしゃげ、両手に握る二つの邪剣も壊れ果て、その姿は一見して満身創痍に見えた。
 されど相手は幹部魔将。それをスコープ越しに狙うマッケランに、油断は一部もありはしない。
 その彼が、言う。

「‥‥三発だ」

 地面に寝そべって、身に帯びた装備によって気配を完全に隠している彼が、まずは呼吸を細く絞ると、機械じみた揺るぎの少ない動きでトリガーを弾いた。
 弾丸が、バアルの背中に着弾。
 それは魔神が持つ頑強性を殺し、ただの魔力を帯びた実体としてダメージを与える。
 強烈な一発に、バアルの甲冑が砕け、右腕が千切れ飛んだ。
「バ、ぁ‥‥ァァァァァァルゥゥゥゥゥゥゥ!」
 バアルが狙撃があった方向を向く。だがそこに、すでにマッケランはいなかった。
 彼は狙撃体勢のまま、魔法で転移していたからだ。
 二発目。
 トリガー直後の銃声がバアルに届く前に、その弾丸は、バアルの腹部に突き刺さり、炸裂した地の魔力がそこに風穴を穿っていた。
「ア‥‥ァ‥‥ルゥ‥‥」
「沈め‥‥、沈め!」
 最後の一発。狙いをつけて、ひいたトリガーが伝えてくる、発射の手応え。
 それは狙撃手たる彼をして会心と確信できる一発だった。
 弾丸は、バアルの黄金のヘルムのど真ん中に着弾。
 それはバアルの三つ首を完全に打ち砕く、勝利の一発だった。
「――――」
 頭部を失った金色の魔将は、いつもの咆哮も出せなくなって、その身体から力が抜けていった。
 霧散化する。誰もが思った。浄化のすべを持つ者が、すぐさまそれを実行しようとする。
 割って入ったのは、数多に重なる蝿の羽音だった。
「グヒ、ブ、ひ、ヒひ、ゴれはダメだねェ、ヤラれぢゃっだねェ、バアル〜」
 魔王ベルゼブブ。
 その身から湧く膨大な数の蝿が、バアルの身体を包んでいく。
「何を、する気だ‥‥!」

「食べヂャうンだよォ〜」

 ライラの問いに返ってきたのは、おぞましい答えだった。
 ビクンと、頭を失ったバアルの身体がいきなり震えた。それは蝿にたかられて、金色は見る見るうちに覆い隠されていく。
 この数秒の間にも、バアルの身体はもがき、のたうっている。
 しかしもう十秒もすると、震えはなくなり急激に体積も減ってきた。それを見ている初音が、怖気に顔を青くする。
 蝿にたかられたバアルの身体がどうなっているのか、想像したくもない。
「な、何しやがってんだよ、オイ!」
 エルマもうすら寒いものを感じながら、ベルゼブブへと声を荒げた。
 だが魔王はマイペースに、「ごぢぞうざまでじだァ」と口を開いた。蝿が飛び立つと、そこには、何もなかった。
「グヘ、絆ハぢゃンと引き継グジ、僕が悪魔王になッダラ、またヂャァンと産んであげるガらね」
 全く理解できないことを言っている魔王へ、言葉を投げかける者はもはやいなかった。
「グヘヘヘ、ぐブゥ‥‥。今回ハ、あ、あギラめるジガないなァ、でモ、七番目ハ、僕がもらうガラ、ね、グヒヒヒヒ」
「お、おい‥‥!」
 何かを察したのか、ベルゼブブはその身を蝿の群れへと変えて退散していった。
 魔将バアルを討ち取ることには成功した。はずだ。
 しかし何なのだろうか、この、やりきれない感じは‥‥
 封印の祭壇であった出来事がこの場にいるSINN達に伝えられるのは、それからもうしばしのちのこと。
 そして彼らは感じ取る。
 次が、【腐土の軍勢】との、最後の決戦なのだろう、と。

●西の門:暁にブッ飛ばせ!
「光が届かないというのならば、これはどうだ!」
 カーク・ルッフォ(sc5283)がガルバに向けたのは、光溢れるCROSSであった。
「なるほど、突き刺すような光だ。実に不快ではあるが、これもまた新鮮な苦痛だな」
 ガルバに、その光は届いていた。
 聖痕魔法ハレルヤ。不浄なる者を焼く聖なる光の魔法である。
 ガルバの纏う呪いは、どうやら太陽光を由来とするものだけを完全に遮断するものであるようだった。
「『王』様よ、さすがにちょっと、悪趣味すぎるぜ、あんた」
 ふと、ガルバが見れば、いつの間にかそこにはルナール・シュヴァリエ(sp6369)が立っていた。
 透明化の魔法によって姿を消していた彼は、『王』に声をかけると共に、その拳を振りかざす。
「ほぉ‥‥」
 一発、二発と繰り出される拳を、ガルバは避け、手で受け止めて、一歩退く。
 ルナールがガルバを睨む。しかし睨まれている側は、その敵意すらも興味深いと言わんばかりの表情である。
「ところで――」
 おもむろに、ガルバが懐に手をやった。
「‥‥ちっ」
 ルナールの顔に、苦いものが浮かぶ。
 ガルバの手の中には、一匹のリスが握られていた。
 その可愛らしい手で何か、黒い影を纏ったエンブレムを抱えている。
「良い手だ。自身に注意を向かせて、このリスを紛れ込ませたか。媒体を私が持っているという読みは、確かに正解ではある」
 笑って、ガルバは手に力を込めて、そのままリスを潰そうとする。
「やーらーせないのでーす!」
 だが割って入ったヒメコ・フェリーチェ(sq1409)が、ガルバの腕を思い切り蹴り上げて、リスはその手から脱し、アンナリーナ・バーリフェルト(sp9596)の姿を取り戻す。
「‥‥ふぅ、苦しかったけど、やったわ!」
 彼女は手の中のエンブレムをそのまま地面に落して踏みつけると、血の紋様が描かれたエンブレムは砕け、ガルバを覆っていた『暗夜のヴラド』はその効果を失った。
「『王』に逆らう愚物共がァァァ!」
「あんたらに言われたくねぇッスよ!」
 『王』に無礼を働いたSINN達へ、いきり立ったクドラクが攻めかかろうとするも、志島 陽平(sa0038)が、滾る怒りを拳に込めて、迎撃した。
「同族が死んでしまったのですよ、なのに、何も感じないのですか!」
 ヒメコが、クドラク達に訴える。
 しかし、人の心をもって同族と彼女が呼んだその相手は、獣の眼差しで彼女を射抜く。
「弱いから死ぬ。当たり前のことだ! 弱い者など同朋にあらず、ただ喰われて終わるだけの餌だ!」
 その叫びは破綻していた。
 死した者達は、決して弱かったわけではないはずだ。
 それを、叫んだクドラク達自身も目の前で見ていたはずなのに、出る言葉は完全に状理を外れ、道理を無視したものだった。
「とにかく、ガルバってのをやっちまえばいいんだろうが!」
 真っすぐ『王』と向かって、ゴスタ・ユオン(sp9246)が駆けていく。
 だが鷲のクドラクが空から彼を狙って急降下を仕掛けてきた。
「危な〜い」
 と、それに気付いた五老海 ディアナ(sq3106)が皮膚を高質化させて代わりに受け止めた。
「殺せ、殺してやれ!」
 クドラクの中で、頭目と思われる狼のクドラクが叫んだ。
 しかしその隙間を縫って、『王』へと迫ろうとするアリス・フリュクレフ(sq1159)がいた。
 ルナールやアンリも使っていた透明化の魔法は、完全に視覚を欺く便利極まる魔法である。あるのだが――
「小ずるいウサギのにおいがするな」
 背後より近づこうとしていたのに、ガルバは、何故だかアリスの接近を完全に見抜いていた。
「あ」
 驚いて、声を上げたときにはもう遅い。
 クドラク数体が、透明化を解いてしまった彼女を取り囲もうとする。
「アリス!」
 彼女の窮地を見たオズウェル・クローチェ(sq1494)が、己の魔力によって生み出した影の狼を使役し、クドラクへとけしかける。
「大丈夫ですか‥‥?」
「なんとか‥‥。でも、どうして‥‥?」
 難を逃れ、逃げてきたアリスがガルバを見やる。
 『王』はその顔に、些かの不満の色を浮かべていた。
「馬鹿騒ぎも冗長となれば飽きがくるものだな。‥‥そろそろ、食い散らかされて死ぬか。下郎共」
 ――来る。
 そのとき、空気を伝わる何ともいえないざわめきのようなものを、クレスニク達は感じ取った。
 黒い霧に包まれた無人の街が、次の瞬間、満月の夜の平原へと切り替わる。
「さぁ、最後まで踊ってみろ」
 吸血鬼の『王』ガルバは、自らが率いるクドラク達に「変われ」と命じようとする。
 クドラクという存在の真価。夜の獣たる証。魔獣化。
 満月の夜にのみ現れうる、凶悪なる獣は、最上位の吸血鬼にも並ぶ再生能力と、一切の魔法が通用しない肉体を持った、悪夢のような存在である。
 最悪なのは、条件さえ整えば、クドラク達がそれを自らの意志で起こせることだ。
 呪縛に囚われた獣人達は、『王』の命があればためらうことなくその身を魔獣と化すだろう。
 だからこそ、勝負を分けたのはほんの一瞬の差であった。

「夜は、明けるんです!」

 それを叫んだのは、マイア・イェルワジ(sj7576)であった。
 世界が夜に染め上げられた直後に、彼女は、そこでサンクトゥアリィの魔法を成就する。
 かくて世界はさらに切り取られて展開された特殊空間は、だが夜ではなく、燦々と太陽が照りつける、昼。
「何‥‥?」
 ここで初めて、ガルバの声に色が浮かぶ。
 そして数秒経っても、クドラク達も魔獣化を起こさない。マイアの予想は当たっていた。
 夜でなければ、クドラク達は狂獣化も魔獣化も、できないのだ。
「皆さん、一分だけですから!」
 彼女の二度目の叫びの意味を、SINN達は正しく理解する。
 この一分が、最後の一分だ。
「殺せ、その女を殺せェ!」
 或いはこの場面で、クドラク達いが逃げに打っていれば、結果は違っていたかもしれない。
 彼らは一分だけ待てば、それで世界は夜へと戻るのだから。
 しかし実際は逃げる者など一人もなく、全員がSINNとの戦闘の続行を選んだ。
 その選択の裏にはきっと、呪いによるものとはいえ、『王』に対する確かな忠誠があったのだろう。
「獣風情が、マイアを傷つけさせはしねぇよ」
「ハァッハー! どっからでもかかってこいじゃん、やぁってやるじゃん!」
 マイアを狙うクドラクを迎え撃ったのは、房陰 朧(sc2497)とリン・ブレイズ(sf8868)であった。
 両者ともに、ここまで戦い続け、朧は己が操るパペットが、リンは自身が、それぞれ傷を負いはしているものの、マイアを守らんとする意志はいずれも劣ることなく、強く宿していた。
「殺せ」
 ガルバが命じる。と、なれば、クドラク達も必死だ。
「ここが正念場だよ、がんばって!」
 己が連れている聖獣に言葉を伝え、ラティエラ・テンタシオン(sb6570)は魔法によって自らの分身を生み出して、サナティによって仲間の傷を癒していく。
 戦場を裏から支えるのが、癒しを司るエンジェリング達だ。ある意味で、何よりも大きな敵との違いが、それであった。
「さ〜て、敵さんもそろそろ数が少なくなってきてるね〜」
 クドラク二人を相手取り、ニア・ルーラ(sa1439)がパペットで応戦している。
「そうだな‥‥、なるべく無力化で済ませたいものだが‥‥!」
 狐のクドラクと、がっつり殴り合いを演じているアシェン・カイザー(sd3874)がそう返しはするものの、しかしこの場での獣人達の所業を思えば、彼らの末路は決まり切っていた。
 思い返しても詮無いことといえど、やはり悔恨は、心にわだかまる。
「それにしてもガルバってイケメェンだよね〜。いや〜、イケネェンとは戦いたくないなぁー」
 一方のニアには、そんなことは全くの別次元の悩みがあるようだったが。とても、どうでもよかった。
「『王』よ、ご命令を!」
 頭目の狼クドラクが、ガルバに指示を求めてくる。それに対して、ガルバは答えた。
「命の限り、戦え」
 命令とも呼べないような、単純極まる指示である。
「ハッ、この命、貴方様の御為に!」
 しかしそれを聞き入れてしまうのが、呪いに縛られたクドラクという種族であった。
「何なの、それ‥‥、凄く。凄く、嫌な感じだよ」
 やりとりを聞いてしまったエスター・ゴア(sq0475)が、地に降り立ってガルバを睨んだ。
「小娘、おまえらなんぞには何も分かるものではないわァ!」
「それはこちらもまた、言いたいことではある」
 殴りかかるクドラクの拳を、彼女に変わって受け止めたのはイーゴリ・トルストイ(sq0700)。
「イーゴリ!」
 ぱぁ、と、表情を輝かせるエスターと、それを庇うように前に立つイーゴリを見て、ガルバは狼クドラクに命じた。
「殺せ」
「仰せのままに」
 深々と頭を下げたクドラクが、咆哮を上げてイーゴリへと襲いかかる。
 その様子を見ながら、ガルバはそろそろ、本当に飽きてきた。一分とはこれほどまでに長いものかと、あくびすら出そうになる。
 ――だから、いきなり目の前にセイディ・ゲランフェル(sp8658)が現れたときには、驚きと共に、喜びを感じてしまった。
「そう来たか」
「吸血鬼の『王』、覚悟!」
 ナックルを握り締めて、セイディはガルバに殴りかかった。
 上空からは、建物の上より彼女を抱いて飛び、奇襲攻撃の要を担ったアスラン・ノヴァク(sq1286)が吸血鬼用の弾頭を仕込んだ拳銃で牽制に入る。
「あなたは、絶対に許さない!」
「月並みなセリフだ。もう少し気を利かせた方がいい」
「どこまでも、道化ぶるか!」
 セイディとアスランによって、ガルバはその場に釘づけになる。
 そしてもはや『王』を守るクドラクも、一人たりとも残っていない。
 マイアが真昼の特殊空間を展開してより40秒も過ぎたころ、ガルバはクレスニク達によって囲まれていた。
「濃い影というものも、なかなか乙なものではあるな」
 ガルバは、足元を眺めていた。
 太陽に照らされて、自分の足元に影がある。それをグルリと囲むように、幾つもの影はクレスニクのもの。
「ガルバ‥‥!」
 敵意が『王』を突き刺している。
 しかし平然としたままで、『王』はただ、言った。
「好きにしろ」
 その、まるで変わらない態度に、怒りの上に苛立ちが塗りたくられるクレスニク達だが、そんな短絡的な感情は、今は相応しくない。
 正しく怒り、正しく裁く。なぜなら彼らは、神に誓いを捧げた、クレスニクなのだから。
「消えて‥‥、ガルバ!」
 アンナリーナが手のひらに生み出した太陽が、ガルバを灼いた光であった。
 真昼の世界が終わる数秒前、吸血鬼の『王』は滅却された。戦いこそ激しかったものの、至極、あっさりと。
「‥‥終わった、ん、スかね」
 陽平が、どこか頼りなさげに言う。
 しかし、ハッキリと終わったと言える者はその場にはなく、ただただ、クレスニク達はその場に立ち尽くすしかなかった。
 やがて時間が経つと景色は現実世界のそれへと戻った。
 戻っても、もうそこに『王』の姿はない。
 倒れているクドラク達も、生き残っている者達はこのまま捕えられ、そして正しく罰を受けることだろう。
 たとえ呪われていようとも、犯してはならない禁忌を犯してしまったのだから。
「クソ‥‥」
 誰かが、小さく毒づいた。
 なんとも、この戦いはやりきれない。
 そう思っている者はきっと、一人だけではなかっただろう。
『死海聖堂』西の門の戦いは、こうして、灰色の決着を見たのだった。

●封印の祭壇:憤怒の魔王
「子供の妄想もいい加減にしな!」
 エステファニア・アランサバル(so2457)がライフルで立て続けにカリスを狙う。
「できるさ。バビロンさえ生かしておけば『黒い霧』が、『罪』が世界を覆う。そして終わる!」
「『罪』って‥‥、何なの、どうして、アリアが‥‥!」
「あの『黒い霧』は、人の犯した罪が形となって現れたものだから‥‥」
 マリアへ答えたのは、アリアだった。
「ごめんなさい、マリア‥‥。今まで、ずっと、騙してきて‥‥」
「アリア‥‥」
 涙を零し、謝る彼女を、マリアは今すぐにでも抱きしめてやりたかった。
 だがそれを阻むのは、当然、カリスであり、
「人のフリをするなよ舞台装置! 槍で殺されるために生きてるだけの肉人形が、いけしゃあしゃあと!」
「酷い言い方‥‥、事情があっても、許されることじゃないよ!」
 義憤より、皆本 愛子(sb0512)のパペットがカリスをぶん殴った。
 その拳はしかし鱗に弾かれて、カリスは嘲りの笑いを見せる。
「マリア以外に全てが不要だよ、神に従う人間も、神が創ったこの世界も!」
「いつまでも駄々こねてんじゃねぇぞ、クソガキが!」
 ジョニー・ジョーンズ(sa2517)が愛子を庇うように立って、カリスへと向かっていく。
 その身に、彼はありったけの魔法を成就して、手にする剣は伝承武具。
 その斬撃を身に浴びて、カリスの顔が苦痛に歪む。
「再生が、始まらない‥‥!?」
「大帝の剣、とくと味わえ!」
 彼を中心に、戦士達が一気呵成に攻めに出た。
 現代に蘇った、数々の伝承武具。その刃を、カリスは一身に受け続ける。
 中には竜の鱗を封じるものすらあり、確実に、そして着実に、魔人となった少年の身には癒えぬ傷が刻まれていく。
 だが少年は倒れない。
 全身から血を散らしながらも、瞳に宿る怒りの光はますます滾るばかりであった。
「化け物かよ、おまえ!」
 誰よりもカリスを打ちすえたジョニーが、少年へと毒づいた。
「違うね、僕は人間だ!」
 怒りの権化と成り果てて、少年は絶叫した。
「‥‥ルクス・カルワリオ。祈りをもって場を整え、『罪』に『罰』を与えることで世界を清める、浄罪救世の大秘跡です」
 同じころ、アリアがマリアに告げていた。
 『黒い霧』を晴らす手段。世界を救うための、唯一の方法。
「それを‥‥、私が‥‥?」
「ダメだよ、そんなの!」
 と、語るアリア、震えるマリアへ、柴神 壱子(sa5546)が強く訴える。
「マリアちゃんは、何のためにここに来たの? アリアちゃんのためでしょ!」
「壱子‥‥」
「アリアちゃんだって、死にたくないなら死にたくないって言わなきゃダメだよ!」
 その言葉が突き刺さったか、アリアは目を伏せて、
「そうしなければ、この世界は‥‥」
 彼女がルシファーのもとへ走ったのも、そうすることで怒りを買って、マリアに呵責なく儀式を遂行してもらうため。
 結局のところそれは浅知恵でしかなく、今という状況に陥ってしまったわけだが。

「本当に、そうなのか」

 ジェネレイド・キング(se9786)がいきなり口を挟んできた。
「考えてみろ。明らかにおかしい点がある」
「おかしい、点‥‥?」
 首をかしげる壱子へ、ジェネレイドが告げたのは、確かな疑問点であった。

「何故、ヤツらはアリアを生かしておく」

「あ!」
 と、壱子は声を上げた。
「どういう、こと‥‥?」
 分からずにいるマリアへ、ジェネレイドは説明を寄越す。
「考えてみるがいい。儀式とやらに必要なのがアリアであるならば、ディアボルス共がそれを阻む最も簡単な方法はなんだ?」
 言われれば、すぐに答えは出た。
「アリアを、殺すこと‥‥」
「そうだ。‥‥だというのに実情はどうだ。奴らはそれをするどころか、自陣営にアリアを受け入れてしまっている」
 そこまで聞けば誰でも気づく、現状の不自然さ。
 そして――
「余計なことを言ってるんじゃない!」
 叫び、突っ込んでくるカリスの様子を見れば、それはもはや確信へと変わる。
「何かあるということだな。よく分かったぞ」
 ジェネレイドは自ら剣を抜いて、骨剣を受け止める。その顔に浮かぶ笑みは、勝利の優越に染まっていた。
 だがしかし、それで現状が好転するというものではない。
 依然、世界を救う手段がそれのみでしかないことに、変わりはないのだから。
「私‥‥」
 悩むマリアの背中を、軽い調子でギィ・ラグランジュ(sf9609)が叩いた。
「マリアちゃんよ、どうせならとことん悩みな。答えが出るまで、とことんな。そしてそれでも悩むなら、頼れよ、俺達に」
「‥‥うん」
 微笑み、頷く彼女に、ギィはワイルドに笑うと、
「答えを出すまでの時間は、こっちで作ってやるよ。ラグランジュの名にかけてな!」
 巨剣を手に、彼もまた戦線へと走る。
 そして次にマリアの手を取ったのは、有栖川 彼方(sp2815)だった。
「どうか、マリア様自身として、救いたいものを救ってあげてください。‥‥貴女に、祝福を」
 ライフルを手に走る彼女の背中を見送って、マリアは、考え続ける。自分が果たすべき、役割を。

「SINN共ォォォ!」
 半ば狂乱し、カリスが骨剣を振り回す。
 そこにはもはや、いつも見せているような顔はどこにもなかった。
「‥‥この一戦、とらせてもらう!」
 ギィが斬りかかる。その超重の一撃を、カリスの骨剣が受けとめようとして、ボギリと、鈍い破壊音が響いた。
 そして衝撃に圧され、少年の身が後ずさったところへ、彼方が全速で飛び込んで、カリスにピタリと銃口を押しつけて零距離で射撃を喰らわせた。
「滅べ、邪悪め!」
「ガッ‥‥、フ、ゥ‥‥ッ!」
 カリスは口から大量の血を吐き出す。
 ジェネレイドが動いたのは、そのときだった。
「貴様らの猪口才な企み、暴かせてもらうぞ!」
 叫び、彼は自身が手にしている剣を地面に突き立てた。
 彼が生み出した最高傑作は、短時間のみ世界の時間を止めてしまう。
 その効果の内にあって、しかしカリスの動きは止まらない。
「やはりか」
 半ば予想していたことではあった。
 彼が使った効果は、時を操る力を持つ者には通用しないのだ。
 この戦いでカリスはそれを使ってきていないが、カルマの力で防げるものであることは、すでに相手も承知しているということだろう。
「人真似をしてくれるね!」
 新たに骨剣を伸ばし、襲いかかる。しかし相対するジェネレイドは、戦士としても一流。
 彼はそれを剣で払うと、同時に世界の時間が動き始めた。
 そうすれば再び、SINN達の攻撃が、カリスを打った。
「しつこい、しつこい! 僕を殺すのか、おまえ達は、この‥‥、人殺し共が‥‥!」

「ああ、そうだよ」

 いつの間にか、目の前に、ファミリア・サミオン(sb0511)が立っていた。
「カリス――」
 彼女は、今まさに手にした槍を投擲しようという体勢だった。
 その一撃は、これまで、彼女が抱いてきた想い。その全てを乗せた一撃。
「――喰らいなよ」
 ドン、と、大きな音を響かせて、槍はカリスの左胸を直撃する。
「‥‥は――?」
 勢いに1mほど後退し、吐息と共に血を吐いたところで、その背後にファミリアが再び転移。
 彼女の伸ばしたワイヤーソーが、その首に巻きついた。
「あんたの言うとおり、あたしは人殺しだよ。そうさね、それでいい。あんたが異端だってんなら――」
 その一撃は、今このとき、彼に対して抱く想い。憐れみと呼ばれるものを乗せた一閃。

「あたしはパラディンとして、あんたを断罪するだけさね」

 ワイヤーを引いて、裂かれた肉から血が散って、それはここまで耐えてきたカリスの命を見事に散らした。
 倒れたカリスを見下ろして、ファミリアは小さく息を吐いた。
「やったじゃないかい」
 エステファニアがファミリアに声をかけるも、だが彼女は力なく笑うだけだった。
「無駄になったか‥‥」
 ジェネレイドが仕方なさげに呟いた。錬成し終えた品を使う機を逸してしまったからだ。
 硝子玉のようなそれを、彼はカリスの骸へと落とし、転がした。
「カリスが、死んだ、の‥‥?」
 マリアが呆然となった。
 驚きもあったが、しかし何より、戸惑いが大きかった。
 己の兄だというカリスに、世界よりも自分を選ぶというカリスに、マリアは、どんな感情を向ければいいのか分からないままだったからだ。
 それに彼が死んだところで、まだ問題は大半が解決していない。世界のことだって、アリアのことだって――
 戦いが終わったのだという実感は、まだ遠く、マリアは地に横たわるカリスの方を見やって、

 そこにアスタロトがいた。

「‥‥え?」
 それは、突然の出現だった。
「可哀想な子‥‥。誰よりも愛が深いのに‥‥、誰よりも怒りが激しくて‥‥」
 突然の魔王の出現。SINN達は凍りつく。
 幽化を解き、現れた魔王アスタロト。その身はSINNとの戦いを経て傷つきながら、だが美しさに曇りはなく。
「‥‥まさか」
 強烈な不安に駆られて、水織が目を剥いた。
 アスタロトは慈母のように優しい眼差しでカリスを見ると、屈み、彼を抱き起こし、その手を持って自分の頬を触れさせた。
「さぁ、我が腕の中で、お目覚めなさい。憤怒の王――」
 アスタロトの姿が影となる。
 そしてベリアルの時にそうであったように、影は、カリスの手のひらに吸い込まれて消えた。
「なんてこった、くそったれ‥‥!」
 聖堂へ入ってっくるなり絶望の声を発したのは、【巨木の軍勢】と戦いを演じた隼人だった。
 彼は気づいていた。カリスがアスタロトを吸収する可能性。
 それを阻もうともしていた。
 しかし準備が足りなさすぎた。手数も、人の数も、何もかも。
 アスタロトの姿が消えて、カリスの身は再び地に伏した。その傍らに転がっている硝子玉が、何があったかパリンと砕けた。
 途端、世界に黒雲が満ちて、雷が走る。
 光と闇とが混じり合ったような、見るだけで心を揺さぶる、憤怒の雷光。
「これは‥‥!?」
 その中に浮かび上がるのは、槍を手にしたカリスと、その穂先に貫かれるアリアの姿。
 そして死したアリアを中心に闇としか呼べないレベルにまで濃度を増した『黒い霧』が爆発的に広がって、世界は、瞬く間に黒に染め上げられる。
「これが狙いか‥‥! 待つまでもなく、カリスがアリアを聖槍で貫けば、その時点で世界は『黒い霧』に沈む!」
 ジェネレイドが合点がいったように叫んだ。
 マリアが儀式と成した場合とは、全く真逆の結果。滅びへの図式である。
「そんな‥‥、こんな、ことになる‥‥、なんて‥‥」
 アリアが青ざめ、身を震わせる。
 彼女自身、全く知らなかった事実だった。
「先生が教えてくれた。神様と共に在った先生が、な」
 声がする。
 ついさっきまで叫び声だったそれ。
 その声の主は――

「おはようさん」




 カリスが、立ち上がっていた。
 先ほどまでと、姿が違っている。
 腕が、足が、甲冑に覆われて、そして背中に噴き上げる黒い炎の翼。
「カリス‥‥!」
 マリアが立ち上がり、SINN達が身構える。
 だが次の瞬間に、全員が急激な脱力感に覆われた。
「なん、だい‥‥!」
 一番近くにいたファミリアが、その脱力感に数秒持たず膝を突き、座りこむ。
「起きぬけで、腹が空いてるんだ。もらうぞ、おまえ達の命」
 打って変わって砕けた口調。マリアはゾッとする。
「まさか‥‥、ここにいるみんなのホスティアを、無理矢理吸収してるの‥‥!?」
「何かおかしいか? ああ、マリアのは貰わないから。安心しろ」
 それは優しい笑みだった。
 そして邪悪な笑みだった。
 考えついた最悪の可能性に、マリアは問わずにはいられなかった。
「あなたは悪魔になったの‥‥?」
「なりかけだけどな。魔王サタン。ディアボルスとして呼ぶなら、そう呼べ」
 憤怒の顔は消えていた。そこにあるのは、いつもの余裕と嘲りに満ちたカリスの顔。
 しかし孕む殺気の凄まじさは、人として死ぬ前よりもなお苛烈であった。
「さて――」
 サタン。そう名乗ったカリスは、聖槍が刺さっている祭壇へと足を運ぼうとする。
「こっちの狙いはもう分かったんだろ。そういうわけだから、こっちの聖槍は貰っていく」
 物腰を粗野にして、彼は言う。
「させるか!」
 だが、なお身体を蝕む脱力感の中、トウマ・アンダーソン(sn7273)が刀の一閃をお見舞いした。
 身に刻まれる一筋の傷。しかしカリスはそれを、意にも介さない。
「邪魔だな。死ねよ、くそったれが」
 カリスの手がトウマに触れる。
 それだけで、彼はホスティアを急激に吸い上げられて、意識を失った。
「やめなさいよ!」
 九面 あずみ(sn7507)が、手にした剣に冷気の魔力を纏わせ背後から斬りつける。
 それは確かにカリスの身を凍てつかせ、彼は「痛いな」と呟いて、あずみに触れ、生命力を吸った。
「‥‥そんな」
 蹴りを浴びて、壁まで飛ばされたあずみは、意識こそ保っていても、身体は動かないようだった。
 カリスは構わずに、祭壇へと向かう。そしてまず、封印の器であるCROSSを手に取った。
「これで三つ目‥‥。先生も動けるようになるか」
 笑みを浮かべ、彼の手は次に聖槍へと伸びていく。だが、祭壇から抜こうとして、カリスは気づいた。
「‥‥邪魔な」
 壱子の柴犬型パペットが、聖槍を口にくわえて、抜くのを邪魔していた。
 本人は既に意識を失っている。しかし自律稼働するそのパペットが、壱子の意志を体現していた。
 カリスが、パペットへと手を伸ばそうとした。
「何のつもりだ、肉人形?」
 背後から自分に抱きついてきたアリアに気づいて、彼は肩越しに振り返る。
 アリアは静かにかぶりを振ると、言った。

「世界を、救ってください」

 誰に向けてのメッセージかは、考えるまでもないこと。
 次の瞬間、アリアの姿は消える。カリスと共に。
 二人がいた場所には、割れたアミュレットが転がっていた。
 それは、アリアがひそかに持ち込んでいたものだった。例えば、こうして使うために。
「アリア‥‥」
 ふらりと、マリアが立ち上がる。
 聖堂内に静寂が落ちた。
 今度こそ、戦いは終わったのだろう。
 封印は奪われた。
 聖槍は守り抜いた。
 それが結果。
 目の前にある、この戦いの結果である。
 そして――
 祭壇の前、朽ちた聖槍を見つめて、マリアはその場に跪いた。
 あずみが、ギィが、彼方が、マリアへと歩き、彼女支えて立たせようとした。
「私、どうすればいいの‥‥。誰か、教えて‥‥」
 泣きそうな声で、マリアは請う。
 神の子に突きつけられた命題は、あまりにも重いものだった。

MVP
ジョニー・ジョーンズ (sa2517
♂ 人間 パラディン 火
ファミリア・サミオン (sb0511
♀ 人間 パラディン 風
ジェネレイド・キング (se9786
♂ 人間 ハンドラー 地
竜造寺 巌 (si7760
♂ 人間 パラディン 火
ジュラルディン・ブルフォード (sn9010
♀ 人間 ハンドラー 風
鷺沼 妙子 (sp1602
♀ 人間 パラディン 地
ライラ・ルシュディー (sb2519
♀ 人間 エンジェリング 地
ダニエル・マッケラン (so1035
♂ 人間 パラディン 地
マイア・イェルワジ (sj7576
♀ 人間 エンジェリング 地
アンナリーナ・バーリフェルト (sp9596
♀ 獣人 クレスニク 風

参加者一覧
九門 蓮華(sa0014)H水 志島 陽平(sa0038)K地 レティシア・モローアッチ(sa0070)H水 アルベルト・ルードヴィッヒ(sa0074)E火
ミリーナ・フェリーニ(sa0081)P火 煌 宵蓮(sa0253)P水 クリシュナ・アシュレイ(sa0267)P水 栄相 サイワ(sa0543)E地
栄相 セイワ(sa0577)A風 陸奥 政宗(sa0958)P火 アビス・フォルイン(sa0959)E水 ユビキタス・トリニティス(sa1273)H風
ジナイーダ・ジューコフ(sa1375)E地 ニア・ルーラ(sa1439)H水 メイリア・フォーサイス(sa1823)A風 アウグスト・ソウザ(sa2367)P火
ジョニー・ジョーンズ(sa2517)P火 ダニエル・ダントン(sa2712)P地 柴神 壱子(sa5546)H風 アントーニオ・インザーギ(sa5938)H風
テムジン・バートル(sa5945)P水 狼牙 隼人(sa8584)P風 御剣 龍兵(sa8659)P風 平柳 アレクセイ(sa8945)H地
須経 蘭華(sb0118)E地 ナイ・ルーラ(sb0124)E地 ファミリア・サミオン(sb0511)P風 皆本 愛子(sb0512)H地
ライラ・ルシュディー(sb2519)A地 佐藤 一郎 (sb2526)H水 神代 翼(sb3007)A風 三輪山 珠里(sb3536)A風
ソフィア・イェリツァ(sb4811)E地 東雲 凪(sb4946)P風 アドリアン・メルクーシン(sb5618)P火 ラティエラ・テンタシオン(sb6570)A地
ディミトリエ・シルヴェストリ(sb9264)P風 ハーケン・カイザー(sc1052)H風 房陰 朧(sc2497)H風 カーク・ルッフォ(sc5283)E風
癒槻 サルヴァトーレ(sc5529)E風 烏ツ木 保介(sd0147)E風 郡上 浅葱(sd2624)A風 イェルク・マイトナー(sd3107)P火
媛 瑞玉(sd3404)P風 イーノク・ボールドウィン(sd3868)A火 アシェン・カイザー(sd3874)E火 ルイス・ハワード(sd4979)A風
ニコラ・エフィンジャー(sd5801)E風 デミル・ウルゴスティア(sd9633)E地 長谷 綾子(se2407)H火 クラリーチェ・ラグランジュ(se5708)A水
メイベリン・クリニーク(se6484)H水 ニコラス・コーウェン(se7212)A火 ジェネレイド・キング(se9786)H地 カミーユ・ランベール(sf0920)A地
ビート・バイン(sf5101)P火 村正 刀(sf6896)A火 リン・ブレイズ(sf8868)P火 ギィ・ラグランジュ(sf9609)P地
アルフォンス・ヴィヴィエ(sf9647)A地 ラルフ・フェアウェイ(sg4313)E風 天道 一輝(sg8206)E火 ラミア・ドルゲ(sg8786)P風
玖月 水織(sh0007)H水 アメリア・ロックハート(sh1732)A水 レイジ・イカルガ(sh2614)E水 ハルキュオネ・バジレア(sh3934)A水
酒匂 博信(sh4156)P地 玖月 絢紅(sh4500)A火 ダニエル・ベルトワーズ(sh5510)A水 エリオット・フレイザー(si0562)H水
オルフェオ・エゼキエーレ(si1323)P地 御剣 四葉(si5949)E水 詩馬 光之助(si7745)P風 竜造寺 巌(si7760)P火
エルマ・グラナーテ(sj0377)E水 ウィリディシア・クレール(sj3049)E地 スィニエーク・マリートヴァ(sj4641)P風 エティエンヌ・マティユ(sj6626)E地
マイア・イェルワジ(sj7576)A地 花枝 美咲(sk2703)A水 実和 真朋(sn6429)H水 トウマ・アンダーソン(sn7273)P地
九面 あずみ(sn7507)P水 ジュラルディン・ブルフォード(sn9010)H風 レイメイ・ウィンスレット(so0759)A地 ダニエル・マッケラン(so1035)P地
アンネリーゼ・ブライトナー(so1524)E火 シャロン・ローズ(so1811)H風 エステファニア・アランサバル(so2457)E風 ローウェル 一三(so2674)A水
茂呂亜亭 萌(so4078)A風 日向 蒼伊(so6943)E風 サラ・オブライエン(so7648)H水 御剣 キョウ(sp0401)P水
厳島 雪花(sp0998)E風 ジュディス・バシッチ(sp1426)E風 エテルナ・クロウカシス(sp1494)A風 児玉 初音(sp1503)A火
鷺沼 妙子(sp1602)P地 有栖川 彼方(sp2815)P火 マリク・マグノリア(sp3854)H水 ヴェルンハルト・ラヴィーネ(sp3868)E水
ブランシュ・ブランシャール(sp4332)A風 来海 朽葉(sp4469)H水 碇矢 未来(sp5129)P火 ニーチェ・シュートラー(sp6098)K火
ルナール・シュヴァリエ(sp6369)K水 相模 仁(sp6375)K火 アンリ・ラファイエット(sp6723)K水 高遠 明(sp6960)K地
シュナイト・ヴァール(sp7330)K地 オリヴィエ・ベル(sp7597)K風 鷹宮 奏一朗(sp8529)K火 セイディ・ゲランフェル(sp8658)K水
ゴスタ・ユオン(sp9246)K火 シャムロック・クラナド(sp9296)K風 シグルフリート・ウォールター(sp9359)K火 美月 はやな(sp9368)K水
紺野 きつね(sp9415)K火 千種 蜜(sp9590)K地 アンナリーナ・バーリフェルト(sp9596)K風 エスター・ゴア(sq0475)K風
イーゴリ・トルストイ(sq0700)K地 アーク・カイザー(sq0753)K火 アリス・フリュクレフ(sq1159)K水 アスラン・ノヴァク(sq1286)K地
ヒメコ・フェリーチェ(sq1409)K風 オズウェル・クローチェ(sq1494)K水 上月 累(sq2012)K火 五老海 ディアナ(sq3106)K火
南郷 龍馬(sq3216)A風
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